今でこそモスクワの商店にも商品が溢れている。しかし旧ソ連時代、商店のウィンドウは寒々としていた。商品の質、量ともに見るべきものは無かったと言ってよい。  
 89年の旧ソ合同委員会に首席代表を勤めたが、北方領土問題で平行線、熱い頭を冷やしに出た街角の、ただ一軒の無愛想な花屋の存在に心を救われた。