2006年2月4日(土)インドにて
タタ・エネルギー研究所主催「デリー持続可能な開発サミット」
基調講演

序文)
本日はタタ・エネルギー研究所主催「デリー持続可能な開発サミット」にお招きいただき、お話をする機会を得ましたことを誠に光栄に思っております。 前回インドを訪問してから丁度6年の歳月がながれました。当時はタタ・エネルギー研究所25週記念会合にお招きいただき「20世紀の教訓と21世紀のビジョン」と題して、お話をさせて頂きました。この度のこの「持続可能な開発サミット」が、世界各地からの参加者を得てかくも盛大に開催されました事に対し、深い意義と感動を覚えるものであります。

さて、わが国古来の仏教はここインドより学び、アジア初のノーベル文学賞を受賞した詩人「タゴール」とわが国を代表する近代日本の思想家、岡倉天心との友好は日本・インドのみならず、アジア全体の文化の発展に大きく寄与しました。前回のスピーチでもお話させていただきましたが、私が慶応大学在学中の1957年10月に訪日されたネルー首相は我が母校の図書館二階のバルコニーから演説されました。その中でネルー首相は「ナショナリズムとの調和」を必死に訴えた先見の明のある内容であり、学生時代の我々に少なからず影響を与えた人物でもございました。

その後、公務を務める中で、インドには幾度となく訪問をさせて頂き、現首相であるマモハン・シン首相とも大蔵大臣当時からの古き良き友人であります。このインドとの係わりが増えるにつれ、人類の発展に必要なものはなんなのか?を常に考えさせられるようになりました。その意味でも本日「水」という大きな枠組みの中でお話させていただく事は大変名誉な事であると考えております。水問題を解決する事は、世界で最も喫緊かつ重大な課題である貧困問題解決へ直接結びつくものと私は確信しております。

 

基本的な知識・現状)
まずはじめに、地球上の水のうち、97.4%は海水が占めており、淡水はわずか2.6%しかありません。その淡水のうち、氷河が68%を占め、地下水が30%、河川等の水は大気中の水とあわせてもわずか0.1%足らずしかありません。そして、人類が直接使用できる淡水は0.01%しかないのです。地球の人口は今現在約64億人いるといわれており、このまま増え続けると、2050年には約93億人まで増加すると考えられています。そして最悪の場合には約70億人が水不足に見舞われると予測されているのです。我々が認識しなければいけない事は現に一日20リットルの水を手に入れる為に30分以上歩かなければならない人々が11億人、適切な衛生設備を持たない人々が26億人、水に関する病気で年間500万人とも1000万人とも言われる人々が命をおとし、命をおとした人々の大半が子どもだという現状です。このように我々人類が「持続可能な水の供給」を達成する為には、資源としての水、尊厳ある人生を全うする為の水、そして人間の英知を活用すべき場としての水について、共通の問題を認識し、対策を協議し、具体的な行動へと移していかなくてはなりません。

 

水に対する敬意)
水は人類の源であると言う事は今更申し上げる必要もございません。我々人類は母親の胎内で水に浮かび、生命は海から陸に上がり、なればこそ水の機嫌を害えば人類は滅びる。ここ、インドの聖なる川「ガンガ」をはじめ、隣国中国で生まれた黄河文明、「ナイルの賜物」と言われるエジプト文明等、文明は常に水が生んだものでした。

インドのベンガル湾沖等で発生するサイクロンは、大雨をもたらし、しばし農業へ大きな打撃を与える一方で、下流部では肥えた沖積土をつくりだし、インドの穀倉地帯となっているとも聞いております。たとえ状況は違えども、水が恵みを運ぶ事はどの国でも共通の事情であります。例えば、わが国では戦後国土の半分が焼け野原でした。先人たちは住宅の建築や燃料の為に、こぞって雑木林を伐採し、枕木や電信柱などへの用途多様な杉や檜等の針葉樹の植林を全国各地で始めました。その結果が花粉症と言うものをもたらしているのですが、広葉樹林は針葉樹林と違い根本で水を蓄え、その上に落ちる葉が一つは肥やしとなりまた一つは水を蓄える役目を果たしているのです。そして、栄養豊かな土を通り抜けた水は川へと流れ出し川とそれに繋がる海を豊かにしていったのです。ご存知の方も居られるかも知れませんが、現在わが国では漁師が植林をする時代になっているのです。海の栄養分が増えればそれだけ生物が戻ってくると彼らは考えたのです。つまり彼らは川そして海の栄養分を昔のように取り戻すため、上流に広葉樹を自ら植林しだしたのです。これは人間の英知といっても過言ではありません。これらの行動により地域の融和を生み出し、上流と下流が一体となる事によって今後の「水の世紀」への希望は存続していけると私は確信を持ちました。

 

水による被害)
さて、近年を振り返ってみましても水に関する災害の凄まじさには、脅威と恐怖をうえつけられました。ムンバイやチェンナイでの洪水、インド洋大津波、ハリケーン・カトリーナ等によって、発展途上国のみならず先進国さえも大きな被害を受けました。また、先般中華人民共和国で起こりました、松花河汚染事故は、我々に取りましても対岸の火事ではございません。松花河はアムール川へとつながり、アムール川の流れは冬場に流氷としてオホーツク海へと流れ出しているのです。200年前の文献ではございますが、「隅田川はテムズ川に通ずる」と、江戸時代の学者である林子平は述べています。我々といたしましては各地で起きている水問題に対しまして見過ごすわけにはいきません。私はNPO法人日本水フォーラムの会長としてインド洋大津波によって甚大な被害を受けたスリランカに、かつて激震な津波被害を受けた日本の被災経験者、復興担当者、漁師等とともに日本水フォーラムのユースチームを派遣し、日本の経験を伝えるとともに生活の復興支援を行いました。当初、若い人たちがこの計画を提案した時、私は正直、首をひねりました。なぜなら日本で直近の津波被害地区は北方(奥尻島近辺)であったこと、そして奥尻近辺の津波の経験が果たして南の海(インド洋)に役に立つのか、と疑問に思ったからです。しかしその疑問は払拭されました。なぜなら日本水フォーラムのユースチームに同行してくれたのは、津波によって破壊された町の復興計画をてがけた漁師達だったのです。考えてみれば北の海であれ南の海であれ、津波は魚の住処を流し去ってしまうので、これを元に戻すのには北・南関係なかったのです。また、ハリケーン・カトリーナによって被害を受けたニューオリンズ市には、1959年に日本の中部地方に大きな被害をもたらした伊勢湾台風を経験された水防団員を主体とする調査員を派遣し、米国陸軍工兵隊や地元の堤防組合の方々に日本の防災対策等の経験を伝えることができました。水に起因する災害は、予見可能な場合が多く、予報と警報のシステムがあれば、少なくとも多くの人命損傷は防げるはずです。その為、私が議長をしております国連「水と衛生に関する諮問委員会」では津波を含む主要な水災害がもたらす人命の損失を2015年までに半減させよという緊急アピールを昨年の1月に神戸で開かれました国連防災世界会議におきまして発出し、プログラム成果文書に「半減」目標が取り入れられました。

 

日本の現状)
さてここで、少し日本の現状につきましてご報告をさせて頂きましょう。驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、わが国日本は決して水資源に恵まれてはいないのです。と言いますのも、利用可能な水資源量を人口で割ると日本は先進国の中でも最低ランクであり、年間降水量が世界平均の2倍もあるにもかかわらず、一人当たりの水量は世界の平均のわずか4分の1しかありません。日本の代表的な歌人である松尾芭蕉が「五月雨を集めてはやし最上川」等とも歌っておりますとおり、日本列島は山地が60%を占めており、列島の主に中心部分には山脈があります。降雨は梅雨期や台風期に集中し、川の流れは速く、河川は流路延長が短いため、雨が降っても水資源として利用されないまま、海へと流れ出てしまうのです。

しかし現在の日本は水資源管理及びそれに伴うインフラ整備が整っている事が水の需要と供給のバランスを何とか保っているのです。施設だけをつくっても、インフラ整備、システム、使用者側の心得等、ある程度のルール作りが出来なければ、上手く保つ事はできません。もちろん、異常気象などによる渇水の問題も近年は深刻になってきてはおりますが、しかしこのような整備が出来ていなければ、それこそ、大惨事を招きかねない要因を持っているのです。

また、我々は地下水保全対策にも力を入れております。地下水の過剰摂取は地盤沈下や塩水化といった地下水障害をおこしました。これは一旦生じると回復が困難であったり、回復に極めて長期間を要します。高度成長期に我々は、自然界の浄化力の限界を見誤ったために幾度かの極めて困難な壁に何度もぶつかり、挑戦しそれを乗り越えてまいりました。我々は乗り越える能力を持った、そして挑戦をする意欲を持った国でありました。私自身も今日までそうした思いを忘れる事なくもち続けながら仕事をしてまいりました。私は他国に我々同様の努力を押し付けるつもりはございません。むしろ我々が失敗をした、そしてその失敗を解決してきたプロセスとそこから導き出されたデータを提供することによって、各国が我々と同じ苦しみを味わわないでいただきたい。そして我々の経験を活かし一歩先を踏み出したところからスタートしていただきたい。その思いで今まで活動をしてまいりました。

水問題はそれぞれの国や地域で異なるものです。現在それぞれの国で行われている水資源管理は、その国の抱える水問題や社会的、経済的発展を反映しています。そのため、「より良い水資源管理」と一言で言っても、それは万国共通のものではあり得ません。重要なのは、各国それぞれが自らの水資源管理を見なおし、解決に向けて優先的に取り組むべき問題を確認、自覚し、共通認識を持つことです。そして全てのステークホルダーを考慮したよりよい水資源管理とは何かということを問い続けながら、その方向性を見極めることが肝心です。ここで忘れてはならないのは、それぞれの国が自国の都合だけで水資源管理を考えるのでは上手くいかないということです。世界には多くの国が国境を越えて水源を共有していることから、越境水についても充分考慮する必要があります。

結び)
我々は水と共に栄えた文明の歴史と同じくこれからも「共に共存」をしていかなくてはなりません。そして今、私はこのアジア・太平洋地域を1つのまとまりとして、お互いに情報や経験を共有しつつ、水問題解決に向け、協力していくための「アジア・太平洋水フォーラム」構想を視野に入れ動き出しております。本年3月にメキシコで開催される第四回世界水フォーラムをステップとして、この「アジア・太平洋水フォーラム」構想を実現させていきたいと考えております。アジアの中の大国、このインドも是非我々とともに共通の課題に向かってお互い手を取り合い進んでいければと願っております。

最後に、この度の、タタ・エネルギー研究所主催「デリー持続可能な開発サミット」におきまして、ご尽力いただきましたエネルギー資源研究所のパチョーリ事務局長に対しましてこの場をお借りして一言御礼を申し上げ、私の話を終らせていただきます。 ご清聴有難うございました。