統合水資源管理に関する国際シンポジウム

2004年12月6日
基調講演「持続可能で効率的な水資源管理」

統合水資源管理に関する国際会議議長
日本水フォーラム会長
橋本 龍太郎

海外からご参加を頂きました多くのみなさま、そしてご列席のみなさま、本日は、統合水資源管理に関する国際シンポジウムにご出席いただき、誠にありがとうございます。本日から三日間にわたって開催される「統合水資源管理に関する国際会議」議長として、そして日本水フォーラム会長として基調講演をさせて頂くことを大変光栄に思います。

 

水はあらゆる生命の源です。世界では十一億人が安全な水を飲むことができず、二十四億人が基本的な衛生設備を利用できない環境におかれています。水質汚染も世界各地で深刻さを増しております。また、水災害による被害は、世界における自然災害の中で大きな割合を占めており、とりわけ洪水は、今日、世界において人間と人間生活を襲う最も破壊的な自然災害だと言っても過言ではありません。南アジアで今年起こった洪水は、現在私たちが知る限りにおいて千三百五十人以上の死者を出し、氾濫水が引いた後も水が原因の病気や食糧不足による飢餓が蔓延しました。また、ハリケーン「ジーン」はハイチに二千人もの死者を出す被害をもたらしました。日本でも、今年は多くの水災害に見舞われました。台風上陸は、過去最高の十個を数え、台風や集中豪雨による死者・行方不明者は一九八二年以来最悪となる二百三十人を超えました。

こうした地球上の水問題を解決するために、昨年三月、京都、滋賀、大阪の琵琶湖・淀川流域において第三回世界水フォーラムが開催されました。そこでの議論や行動から生まれた新しい組織が、日本水フォーラムです。本日午前中に行われました日本水フォーラム設立大会において、第三回世界水フォーラムの開催を通じて培った経験やネットワーク、フォローアップ活動の成果が、この日本水フォーラムに引き継がれていくことが再確認されました。日本水フォーラムは、NGO、産業界、学識経験者、行政が一体となって行動し、日本と世界を結ぶ水の分野の架け橋となることを目指しています。本統合水資源管理に関する国際会議は、日本水フォーラムが主催する初めての国際会議です。これから三日間、みなさまと一緒に議論をし、その結果を具体的な行動に結びつけていきたいと考えております。

 

水は持続可能な開発にとって最も重要な要素の一つです。二00二年にヨハネスブルグで開催された持続可能な開発に関する首脳会議で、「二00五年までに各国は統合水資源管理及び水効率化計画を策定する」ことを約束しました。また、この約束は、百七十の国や地域から約百三十名の閣僚級が参加して開催された第三回世界水フォーラムの閣僚級国際会議において、閣僚宣言という形で再確認されています。今回開催致しますこの会議の目的は、世界の水資源を持続可能な方法で管理していくために、まず「統合水資源管理」の重要性に関する共通認識を確立し、この各国による統合水資源管理計画策定という約束が確実に果たされるよう、促すことにあります。

社会・経済活動を発展させつつ、より豊かな自然環境を育むためには、貴重な水資源を有効に開発、保全、管理していくことが重要です。自然環境の保全を単なる制約条件ととらえるのではなく、優れた自然環境の保全と整備のために、私たち人類が自らの欲望を抑制することも視野に入れるべきだと考えます。

水と一口に言っても様々な形があります。このため、まず、自然界の水循環における水のあらゆる形態を統合的に考慮する必要があるでしょう。地表を川として流れる水もあれば、地下を流れる地下水もあります。水を量と質の両面から考え、種々に態様を変えていく自然界の水を統合的にとらえることは、水を管理するうえで重要なことです。また、水の利用目的にも様々なものがあります。飲料水としての水もあれば、食料生産のための水、産業のための水、環境のための水などその用途は多岐に渡ります。水利用の効率性を高めるためには、このような異なる部門が別々に水を管理するのではなく、部門間の連繋・調整を図りながら水管理を行うことが必要です。そして、水をより良く管理するためには、あらゆるステークホルダーの参画が不可欠です。第三回世界水フォーラムで、草の根レベル、コミュニティレベルでのガバナンスの重要性が確認されたように、市民、NGO、民間企業、中央政府、地方自治体、学者、女性、若者、子ども達のそれぞれの視点から見た水管理を忘れてはなりません。

水問題はそれぞれの国や地域で異なるものです。現在それぞれの国で行われている水資源管理は、その国の抱える水問題や社会的、経済的発展を反映しています。そのため、「より良い水資源管理」と一言で言っても、それは万国共通のものではあり得ません。重要なのは、各国それぞれが自らの水資源管理を見なおし、解決に向けて優先的に取り組むべき問題を確認、自覚し、共通認識を持つことです。そして全てのステークホルダーを考慮したよりよい水資源管理とは何かということを問い続けながら、その方向性を見極めることが肝心です。

ここで忘れてはならないのは、それぞれの国が自国の都合だけで水資源管理を考えるのでは上手くいかないということです。世界には多くの国が国境を越えて水源を共有していることから、越境水についても充分考慮する必要があります。

そして、それらをもとにして、具体的な行動に結びつけていくことこそが最も大切なことなのです。自国の水資源管理を見つめなおす過程においては、他の国における経験は大いに参考になることと思います。そして、この会議がそのような経験や教訓を共有できる場になることを切に期待しております。

古来、日本は、豊かな水環境に恵まれ、秋になると稲穂が波打つ国という意味の「豊葦原瑞穂の国」と呼ばれてきました。単に水が豊富にあるというだけではなく、豊かな芦原が持つ自然の浄化作用によって水が常に清らかに保たれていたのです。しかしながらその一方で、洪水に悩まされてもきました。日本列島は、山地が約六十%を占め、人々が生活の場あるいは農地として開拓してきた場所は、川が創りだし、水が比較的容易に手に入る国土のたった十%しかない沖積平野でした。日本中に「暴れ川」という別名がついている川が非常に多く、「水を制するものは天下を制する」と言われてきたことからみても、日本の歴史は水との闘いの歴史と言っても過言ではありません。第二次大戦後以降、急速な復興と経済成長を支えるために、日本の河川においては治水・利水を優先し、特に人口の集中する都市部では土地の有効利用を図るために河川幅を狭めて川をコンクリートで固めてきました。そのため、豊かで清らかであったはずの水は、自然の持つ浄化作用を低下させ、急速に汚染されていきました。そうした管理方法に大きな変化が起こったのは最近のことです。河川管理の法的な基盤となる河川法が一九九七年、三十三年ぶりに大改正され、治水及び利水に加えて河川環境が河川管理の目的として明示されました。更には、河川に関する計画づくりに住民参加の視点が取り入れられ、新しい試みが全国で始まっております。河川は地域の風土と文化を形成する重要な要素であり、地域の個性を活かし、住民の意見を反映させた独自性のある川づくりが求められています。このような私たちの経験や失敗から学んだ教訓を少しでもみなさんの参考にして頂けるならば嬉しい限りです。

本日から三日間にわたり、統合水資源管理の手法や具体的な取り組みが発表されます。そして、それらをもとに展開される議論の成果を、統合水資源管理に関する提言書としてまとめて頂ければと考えます。本会議の議長として、またこの直後に開催される国連事務総長に対する「水と衛生に関する諮問委員会」の議長として、様々なステークホルダーが参加された議論の成果である本会議の提言書を諮問委員会へつないでいきたいと思っております。

「国連水と衛生に関する諮問委員会」とは、持続可能な開発を達成する上で極めて重要な水問題について世界的な対応を強化することを目的としており、水と衛生に対する意識の向上、資金調達の方法、新たなパートナーシップの促進など、水に関するあらゆる課題が取り上げられています。今年三月にコフィ・アナン国連事務総長より、本諮問委員会の議長就任を要請され、私はこれまでの経験が少しでも世界のお役に立てるのであれば、との思いでお引き受け致しました。本諮問委員会の第一回会合は、今年七月にニューヨークの国連本部にて開催致しました。初会合にもかかわらず、今後の委員会のあり方等について熱烈な議論が展開され、委員の相互理解を深めることができました。そして、本委員会が国連の組織としてではなく独立した機関として存在し具体的な行動と発言を続けていくことや、水と衛生に関する啓発をおこなっていくこと、水に関するミレニアム開発目標達成のために取り組むべき十の優先課題などが合意されました。第二回会合では、より議論を深め、具体的な行動に繋げて参りたいと考えています。諮問委員会で議論された結果は、コフィ・アナン国連事務総長に直接お伝えすると共に、来年一月に神戸で開催される国連防災世界会議や、四月の「国連持続可能な開発委員会十三会期」など、様々な国連の会議や国際会議でメッセージとして発信していくことで、諮問委員会の重要な役割のひとつである具体的な行動を促進していきたいと考えています。

第3回世界水フォーラムの際、熱心なご指導を頂きました故高円宮憲仁(のりひと)親王殿下の父君でいらっしゃいます三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下が詠まれた御歌に「万物の根本(もと)は水ぞと喝破せし哲人ありき三千年(みちとせ)の昔(よ)に」というものがございます。あらゆる生物が生きていくためになくてはならない水、そして限りあるこの資源を将来の世代により良い形で引き継ぐのは我々の務めです。私たちには魔法の杖というものはございません。世界の水問題の現状をしっかりと見つめ、今後も様々な機関との連携を通じ、あらゆる機会において議論を重ねた上で、解決に向けた具体的な行動に結びつけて参りたいと考えております。

ご静聴ありがとうございました。