国連「水と衛生に関する諮問委員会」
第一回会合
2004年7月22日〜23日 国連本部にて 


 コフィ・アナン事務総長、並びにご出席の皆様、
この度、ここに国連「水と衛生に関する諮問委員会」第一回会合が開催されるにあたり、様々な分野で活躍しておられる委員の皆様にご参集頂きましたことに対し、本諮問委員会の議長として先ず心から御礼申し上げます。

 水はあらゆる生命の源であり、古来人間活動を支え続けてきました。我々が生きていくためには、水はなくてはならないものです。

 水は、持続可能な開発にとって最も重要な要素の一つであり、安全な飲み水へのアクセスの拡大は、世界的に合意されたミレニアム開発目標の主要な柱の一つです。水と衛生に関する国際的な目標を達成するためには、世界中の人々が、持続可能な開発における主要な要素としての水の重要性をしっかりと認識する必要があります。そして、自分は何が出来るかを、私たち一人一人が自覚するというオーナーシップを確立し、その上でパートナーシップを醸成することが重要であると考えます。

 水問題を解決することは、世界で最も緊急かつ重大な課題である貧困問題の解決へ直接つながっていると確信しています。しかしながら、水の姿は多様であり、一概に水問題と言っても様々なものがあり、かつ、それぞれの要素が相互に関連しています。「水と衛生」の課題を考える際にも、洪水やかんばつ等の水災害、資金調達、水環境、農業、エネルギー、舟運、地下水、教育・文化など、様々なテーマと、切り離すことはできません。広い視野に立ち、水に関する認識を共有し、そういう認識のもとに、我々人類がいかに水に接するべきかという基本理念を確立することが急務であると強く感じております。
 
私は、第3回世界水フォーラムの時に行われた子どもフォーラムを通じて、「安全な水」について全く異なったイメージを持つ人々がいることを知りました。日本の子ども達は「安全」な水イコール「衛生的な水」というイメージを持っています。しかしながら、チャドやシエラレオネの子どもたちは、水を汲みに行くという行為そのものが安全を脅かすもの、すなわち、水は女性がレイプされるかもしれないという危険を冒して取りに行かなければならないもの、というイメージを持っています。更に、シエラレオネでは、1,800人規模の学校に女性用トイレが二つしかなく、その内一つは先生用のトイレであるという実例があり、こうした状況が周囲の環境汚染や女性の健康を阻害する要因となっています。また、学校に女性用のトイレがないために、学校に行けない女生徒もいるのです。ミレニアム開発目標の一つである「すべての児童が男女の区別なく初等教育課程を確実に終了できるようにする」ためには、学校のトイレ等の設備を改善、安心して学校に通うことができるようにすることも大切なことでしょう。このように「水と衛生」と一口にいっても、周辺の様々な問題と関係しており、その中にどういった課題やテーマが含まれるのかを明らかにする必要があります。
  水供給について私が取り組んだことのひとつに、アフガニスタンの復興支援があります。日本がイニシアチブを取り、アフガニスタン復興のための会議を東京で開催しました。その際、食糧や医薬品の供給については具体的な復興計画がなされたものの、難民に対し、安全な水を如何に供給するかという計画は全く抜け落ちていました。私は国連や国際機関をはじめ各方面に、アフガニスタン再興のためには、まず破壊された水供給のためのインフラを再建することが必要だと必死に訴えたことをつい昨日のように思い出します。
  そして、今イラクの復興支援を行う中で、水供給は正に生命を左右するものであり、最優先課題として取り上げられるべきだと改めて感じております。

 衛生問題と「災害」にも、密接な関係があります。洪水、かんばつ、サイクロンなどの水に関する災害は、毎年何百万もの人々に影響を与え、多くの人命や財産を奪っており、ひいては社会全体に多大な経済的損失を引き起こしています。特に東南アジアや南西アジア地域においては、災害が起こる度に、衛生設備が破壊され、水に起因する病気が猛威をふるうケースが頻繁に起こっており、衛生と災害の問題を切り離すことはできません。水災害を軽減することは、衛生問題の改善や貧困問題の解消につながるものであり、持続可能な開発にとって極めて重要なことです。本諮問委員会では、水災害への対策や対応の強化に焦点をあてる一方で、大地震など自然災害後の復興の第一歩としての水供給など、防災のための水についても議論をおこなう必要があります。例を挙げるのであれば、私が通産大臣当時の1995年に、日本は阪神淡路大震災という大災害を経験しました。神戸を中心とした被災地では、電気、ガス、水道、下水道、電話等のライフラインが壊滅的な被害を受けました。消火用の水さえも確保できず、火災の延焼を食い止めるのに多大な困難をきたしました。いずれの施設の復旧も緊急を要することは言うまでもありませんが、中でも被災者への水供給や、水関連施設の復旧は、特に優先しなければならないものでした。その際の経験と対応策について、復興のお役に立てるのであれば、私たちはいくらでも披露する用意があります。
 つい先週日本では、日本海側の各地で豪雨による洪水のため、18名の死者がでるなど甚大な被害が発生しました。災害は何時、何処で起こるかわかりません。私たちは、災害に関する経験と知恵を共有する必要はないでしょうか。
  2005年1月には、9年前の震災の中心地でもある神戸で国連防災世界会議が開催されます。諮問委員会の議論の成果を、こうした国際会議にインプットすることも本委員会の重要な役割だと考えます。

 2002年に開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議では、世界の指導者達によって「統合水資源管理および水効率のための計画を策定する」ことが同意されました。しかし、統合水資源管理計画を策定するためには、まず我々の共通認識を確立する必要があります。また、第3回世界水フォーラムでは、草の根レベル、コミュニティレベルでのガバナンスの重要性が確認されましたが、国連、各国政府を始め、NGO、民間企業、地方自治体、学者、女性、若者、子ども等の主要グループが、水問題解決のためにどう関わっていくのかについても議論する必要があります。

 水問題解決のためには、資金調達を如何に行うかを考えなければなりません。これは貧困撲滅にも直接つながっています。水と衛生のための財源を増加させるためには、貧困層が利益を享受できる画期的な資金調達メカニズムや、公的および民間の資金を増加させる方策を見いだす必要があります。この際、水インフラやサービスの民営化に対する懸念に充分配慮することも重要です。民営化についての議論は、とかく民営化に賛成か反対かということになりがちですが、効果的で効率的なサービス提供につながるような官・民の連携を促進し、貧困層の人々に対して持続可能な水供給を確保することこそが議論の出発点になるべきだと考えます。
  本諮問委員会の使命は、私たちそれぞれの専門分野に於ける経験を活かし、水と衛生に関する意識を高め、そして必要な資金が水と衛生に関するプロジェクトに注がれるように促し、新しいパートナーシップを構築し、ひいては世界の水問題解決に向けて、具体的な一歩をしるすことだと認識しております。本委員会は、様々な分野で活躍される委員で構成されています。国連の枠にとらわれず、それぞれの分野において水問題解決の重要性を周知すべく働きかけをおこなうという使命も、委員全員が持っていると考えております。「議論だけでなく具体的な行動を起こす」という本諮問委員会の目的に、委員全員がご賛同頂き、お集まり頂いているものと確信しております。

  私たちにとって最も身近である水は、私たちの人生に対し、数々の大切な教訓を与えてくれます。その中に 「水は方円の器に随う」というものがあり、これは水には形がなく、入れられた器に合わせて姿を変えることから、人も交友・環境によって善悪のいずれにも感化されるという教訓です。水は、器、つまり環境によって様々に変化し、我々にとって最大の味方にもなり、最大の敵にもなりえます。命の源である水を将来の世代に間違いなく引き継ぐために、本諮問委員会で優れた器作りを始めようではありませんか。

 ご静聴ありがとうございました。