「国際反テロ情勢と反テロ協力」
2004年5月10日〜12日北京大飯店にて 


1.尊敬する熊光楷・中国国際戦略学会会長並びにご列席の皆様。  
 本日、ここに「国際反テロ情勢と反テロ協力」と題して、近年急速に脅威が増大しつつあるテロリズムに関してお話しする機会を与えられたことを、大変光栄に感じております。まずは、このような機会を設けて下さった熊光楷上将を始めとする中国側関係者の方々に厚く御礼申し上げます。

2.国際テロに関する情勢認識
 まず最初に、国際テロに関する情勢認識についてお話したいと思います。「9.11米同時多発テロ」は、国際テロネットワークの脅威を最も破壊的な形で示し、国際テロを21世紀の最も重要な課題に押し上げました。これ以降、国際社会によるテロとの闘いは大きく進展しており、アフガニスタンは最早テロリストの安住の地ではなくなり、アルカイダの指導部の3分の2が、拘束あるいは殺害されております。しかしながら、テロの脅威は依然として深刻であります。アルカイダの首領と目されるオサマ・ビンラーデンは逃亡中であり、そのメッセージを通して、米国及びその協力国に対するテロを慫慂しています。アルカイダは、各地のローカルなイスラム過激派と緩やかなネットワークを形成し、ソフト・ターゲットを標的として、大量殺害を指向しています。また、現在のイラクの状況を奇貨として、その状況を更に不安定化して、新たなテロリストの拠点を作ることを意図していると見受けられます。更に、大量破壊兵器がテロリストの手に渡る可能性を排除することはできません。現に我が国においても、1995年3月に狂信的な宗教テロリストによる、化学兵器のサリンを用いたテロ事件が首都東京の中心で発生し、死者12名、中毒患者5510名もの被害者が発生するという、痛ましい事件を経験しております。
 テロの脅威は、ここ東アジアにおいても例外ではありません。例えば、バリ島爆弾テロやジャカルタ・マリオット・ホテル爆弾テロを引き起こしたJI(ジュマ・イスラミヤ)をはじめ、様々なイスラム過激派テロ団体が活動しております。このバリ島事件以降、東南アジア各国はJI等のテロ組織の取り締まりを進めてはおりますが、依然脅威は継続しております。そして、テロリストは、イラク情勢などがもたらす反米感情を利用して、新たなテロリストの リクルートを進めていると見られています。

3.国際テロ対策の戦略  
 それでは、これらテロイズムにいかに対処していくべきなのでしょうか。テロリストは、情報技術などを活用して、国境をまたいで活動しております。そういった国際テロに対処するためには、各国が、国境をまたいだ協力を一層強化する必要があります。その際、次に述べる3点を基本方針に据え、様々な措置をとっていく必要があると考えます。その基本方針とは、「テロリストに安住の地を与えない」、「テロリストにテロの手段を与えない」、「テロに対する脆弱性の克服」の3つです。これらの3点についてご説明したいと思います。  
 まず初めは、「テロリストに安住の地を与えない」ということです。例えば以前のアフガニスタンのように、いったん破綻国家が生まれてしまうと、そこがテロリストを生む温床となってしまい、彼らの拠点となってしまいます。そのようなことが起きらないよう、国際社会として協力する必要があります。これが正にアフガニスタンにおけるテロとの闘いを継続する必要性であり、またはイラクにおける復興・人道支援活動を必要とする所以なのです。このことを踏まえ、我が国は、「テロ特措法」あるいは「イラク特措法」に基づき、それぞれ両国において貢献を継続しております。イラクをとってみますと、自衛隊が復興・人道支援活動に貢献するとともに、積極的な経済協力を実施しております。このイラクにおける復興・人道支援に協力することこそが、6月末の主権移譲に向け、政治プロセスを促進していくことにもなるのです。その他、各国において、情報交換など法執行機関の間の協力を強化して、テロリストを摘発・検挙していく必要があります。また、各国がテロを犯罪化し、テロリストの居場所にかかわらず、裁判にかけることを確保することが不可欠です。その観点から、各国が、国連で採択されたテロ防止関連12条約を早期に締結することが必要です。我が国は、12条約を全て締結済みであり、中国は、プラスチック爆弾探知条約とテロ資金防止条約を除く10条約を締結済みでありますが、残りの2条約の早期締結をここに呼びかけたいと思います。
 次に、第2の「テロリストにテロの手段を与えない」ということについてお話をしたいと思います。これはまず最初に、テロリストに資金が渡らないようにする必要がございます。そのため、各国が、テロ資金防止条約を締結するとともに、国連の関連安保理決議に則りテロリストの資産凍結のための措置をとることが重要です。続いて、テロリストに爆発物や大量破壊兵器関連物資が渡らないようにする必要があります。そのため、各国が適切な国内管理・輸出管理を行う必要があります。我が国においては、サリンガス等NBCテロにも使用可能な物質や爆発物はもちろん、爆弾の原料ともなりうる肥料等についても、法律の規制に加えて、これら物質を管理する事業者の協力を得て、製造、保管、輸送等について厳しく管理しています。   また、大量破壊兵器関連物資の輸出の管理、不正輸出の摘発等を強化し、さらに、こうした情報を関係国と共有することにより、拡散の防止に貢献しています。  
 最後の「テロリストに対する脆弱性の克服」についてですが、これは各国が、出入国管理、交通機関の保安対策、あるいは重要施設の警備などを強化していくことが必要です。  
 これまで、主として自国が努力すべき事項についてお話いたしましたが、更に、このようなテロ対策を実施する上で能力が十分でない、途上国のような国に対しては、テロ対処能力の向上、いわゆるキャパシティ・ビルディングに協力していくことが重要です。現に我が国は、東アジア諸国を中心に、研修生の受け入れ、専門家の派遣、機材供与など、ODAをも活用して、これらの国々に協力しております。また、中国からも、出入国管理、偽変造文書対策、航空保安、税関、輸出管理、テロ捜査、海上保安、CBRNテロ対策といった分野で研修員を受け入れており、また研修生も熱心に取り組んでおられます。こういった地道な各国間の協力こそが、テロリズム対策の最も重要な点であると私は確信しております。

4.国際協力の更なる強化  
 ただ今、国際社会の協力の重要性について述べましたので、ここで若干詳しくこのことについてお話ししたいと思います。  
 先に述べた戦略に基づき、国際テロ対策を進めていくためには、なんといってもグローバル、地域、二国間といった様々なレベルで、緊密に協力していく必要があります。  
 グローバルな場では、国連のテロ対策委員会(CTC)の役割が重要であると私は思っております。最近、そのCTCの事務局を拡大・強化する安保理決議が採択され、加盟国のテロ対策を点検し、必要な技術支援のニーズを特定していくこととなりました。
 地域のレベルでは、日中両国が参加するARF、APEC、ASEM、ASEAN+3といった様々な場で、テロに関する地域協力が現在進展しております。ASEMでは、昨年9月に中国が主催で、そして日本が共同提案国の一つとなり、テロ対策セミナーが実施されております。ASEAN+3では、本年1月に、初めての国境を越える犯罪に関する閣僚会議が開催され、今後定期的に協議する枠組みが設けられました。また、本年2月には、豪州とインドネシアの共催でテロ対策閣僚会議が開催され、法執行、法的な枠組みについて作業部会が設置されました。  
 日中両国としては、こうした重層的な枠組みの中で相互に協力していくことはもとより、二国間においても、情報交換やテロ対策に関する経験の共有、更には第3国に対する技術支援などの分野で協力を強化していくことが有益であると考えます。

5.テロの根本原因  
 最後に、翻ってテロの根本原因について考えたいと思います。  
 まず第1に強調したいことは、テロは如何なる理由によっても正当化されないということです。テロの根本原因として、貧困や社会的不公正を指摘する議論が一部にありますが、私はこれを是認することはできません。貧困はテロの直接の原因ではありませんし、ましてや貧困等を理由にテロを正当化することを認めることなど、私には絶対にできません。  
 その一方で、貧困や社会的不公正といった環境の中で、過激なイスラム主義が伸張していること、また、貧困な環境を悪用して、テロ組織が若者をリクルートしている、といった実態は、否定できません。東南アジアのジュマ・イスラミヤが、一握りの過激主義的なイスラム寄宿塾を基盤にテロリストを募ってきたことはよく知られています。その観点からいっても、テロの根絶には、教育問題をはじめ、経済、社会的視点を含む総合的な取り組みが必要であります。  
 そして、テロとの闘いは、イスラムなど特定の宗教との闘いではなく、邪悪な犯罪集団であるテロリストとの闘いであることを、明確にしていく必要があります。テロリストは、世界各地でイスラム教徒が不当な扱いを受けていると喧伝して、恰もテロが宗教と宗教の争いであるかのような主張をしていますが、このようなプロパガンダを断固許してはなりません。また、そのような扇動をさせないためにも、パレスチナ問題の解決に向け前進を図ることが重要であると私は考えます。また同時に、テロとの闘いが文明の衝突であるかのような誤った認識を防ぐためにも、イスラム社会との対話をさらに深める必要があります。

6.結語
 以上、テロリズムの現状とその対策について簡単にお話いたしましたが、先にも述べたように、テロリズムの対策は一国のみでは決して十分に行えるものではありません。世界各国が、「テロリストには譲歩しない」「如何なる形態のテロも許さない」との断固とした姿勢を貫きつつ、互いに協力しあって初めてなし得るものなのです。そういった意味からも、世界各国の安全保障に携わる人々が、こうした大きな共通の目標を協力して達成していくとの観点から、今回のこのシンポジウムをはじめ、様々な機会に種々の対話を行っていくことが重要でありましょう。今後、この種の対話と協力が一層増していくことを心から願っております。

 ご静聴ありがとうございました。