2004年日本国際貿易促進協会
第31回訪中基調講演
中華人民共和国 北京市 釣魚台にて 4月20日



【高まる中国経済の位置づけ】
 中国がWTOに加盟してから既に二年以上が経ちました。中国の世界経済におけるウェイトは急速に高まり、その貿易総額は、昨年ついに我が国の貿易総額とほぼ肩を並べるに至っております。日中の経済関係も益々深まっており、日本にとっての中国との貿易額は、香港経由のものも含めれば、最大の貿易相手である米国との貿易額に今にも迫ろうとする勢いです。
 そうした状況に鑑みれば、日本国際貿易促進協会が創立五〇周年という節目を迎えたこの年が、両国が今後の日中経済関係の更なる発展に向けて強く踏み出していくべき重要な時期に当たるとの認識は的を射たものであり、「共同して日中経済協力を新段階へ」とのテーマで双方が考えを述べ合うことは、大変意義深いことであると考えます。
 一方、私は、一九七九年に初めて中国を訪れてから幾度と無く中国を訪問してきており、その度に日中関係の重要性について様々な観点から考えを述べ、議論を積み重ねてまいりました。そうした中で、私は前々から 「新たな段階」を見据えながら、日中関係のあり方を語ってきたつもりです。この機会に、改めてその考えを述べてみたいと存じます。

【日中関係のあり方・・・対話と協力の重要性】
 日本と中国が国交正常化二五周年を迎えた一九九七年、私は総理大臣として中国を訪れ、「新たな対中外交を目指して」と題した講演を行いました。冷戦終結がアジア地域の国際秩序にもたらした影響を踏まえ、経済発展段階においても政治体制においても  多様なアジア地域の安定・発展という大きな課題を前に、日中両国がどのような関係を築いていくべきであるかを述べたのです。その講演において、私は、日中関係を考えていく上で特に重要なことは「相互理解と信頼を強化するための対話の強化」と「互恵の関係を強化し、責任を果たすための協力」であると申し上げ、四つの側面からそうした対話と協力の重要性を指摘しました。
 一つは、「地理的に隣接する国同士としての対話と協力」、二つ目は、「歴史的に深い関わりを持つ国としての対話と協力」、三つ目は、「文化的共通性を持つ国同士としての対話と協力」、そして四つ目は「地域と世界に責任を持つ国同士としての対話と協力」です。
 「地理的に隣接する国同士」あるいは「歴史的に深い関わりを持つ国としての対話と協力」については、当然のことながら、その重要性は時間と共に変わるものではありません。それどころか、最近の両国関係を考えれば、その重要性は益々高まっていると言えましょう。

【文化的共通性を持つ国同士としての対話と協力】
 三つ目の「文化的共通性を持つ国同士としての対話と協力」に関しては、特にここ数年、メディアを通じた現代文化・大衆文化の面での交流も活発になっていることが注目されます。昨年、我が国においては、「女子十二楽坊(じょしじゅうにがくぼう)」という中国人グループの音楽が大ヒットしました。中国の伝統楽器と現代音楽とを結びつけたものが日本から発信されたわけですが、このような形での文化交流が自然なこととして受け入れられるようになってきていることは、実に興味深く、また喜ばしいことです。
 また、食文化においても、例えば、日本においては、中国茶が今や緑茶や紅茶とともに普通に出回っている一方、中国においても、日本の緑茶や紅茶がペットボトルに入った冷たい清涼飲料水として市場に多く出回るようになっています。このように、最近では、両国間の経済交流の活発化を背景に、双方の文化が互いに新たな市場を生み出すという、今までには無かった効果が顕在化してきていると言えましょう。

【地域と世界に責任を持つ国同士としての対話と協力】
 そして、「新しい段階」の二国間関係を考える上で、私が最も強調したいことが、四番目の「地域と世界に責任を持つ国同士としての対話と協力」です。

【地域の安全と安定への寄与】
 まず、国際政治の面について言えば、両国が安全保障面での対話を深めていくことは、両国の信頼醸成につながるのみならず、地域全体の安全と安定に直接寄与する重要なものです。特に、朝鮮半島の問題を巡っては、中国は大変大きな役割を果たしておられますし、我が国も中国と共に解決に向けて努力しているところであり、引き続き共に協力していきたいと考えます。また、大量破壊兵器等の不拡散の観点から、輸出管理への取組の重要性も高まっています。こうした問題は一国では解決できないものであり、この点でも両国の対話が進んでいることは評価されるべきところです。

【通商面での対話と協力】
 国際経済面での対話と協力も、中国が果たす役割の増大に比例して重要性を増して います。私が総理として中国を訪問した際には、「中国は世界で一〇番目の貿易量を誇る貿易大国であり、この中国を抜きに世界の 貿易秩序を強化していくことには無理がある」と申し上げました。その後、僅か六年の間に、中国の貿易量は世界で三位、四位を争うまでになりました。
 経済規模、貿易規模が大きくなればなるほど、地域経済あるいは世界経済においても責任ある行動を取ることが求められます。この点に関しては、WTOに加盟に際し、極めて短期間のうちに膨大な法令を改廃し、新たな体制を整え、その実施に取り組まれている中国の尽力に対し、改めて敬意を表したいと思います。
 しかし、依然として課題も少なからず残されています。
 例えば、知的財産権侵害の問題です。知的財産権の侵害は、日本や欧米など海外からの投資意欲に悪影響を及ぼし投資を抑制するのみならず、中国人、中国企業自身による技術革新・イノベーションを損なうことになります。我が国の企業に対する調査によれば、模倣品被害を受けたという企業のうちの約半数の企業が、その模倣品の製造地域として「中国」を挙げています。さらに、侵害される権利の種類も商標権から意匠権、特許権と多様化しているほか、模倣品の第三国への輸出に伴い被害地域が拡大するといった現象も見られるなど、被害は更に深刻化しています。このような状況を是正するためには、罰則や取り締まりの強化による「ルールの履行の徹底」が不可欠です。
 許認可やライセンス供与などの貿易投資に関連した制度の不透明性もしばしば聞かれる問題です。企業にとっては、制度の透明性・予見可能性が確保されて初めて、安心して資本をその国や地域に振り向けることが出来るのです。
 中央ばかりでなく、特に地方において、こうしたルールの履行の徹底、あるいは手続きの透明性確保に向けた一層の取組が期待されており、中国、日本両国の政府が協力して地方レベルでの改善を図る枠組みが求められるところです。

【ビジネスはビジネスライクに】
 そして、ここで私が強調しておきたいのは、こうした問題はあくまで「ビジネス」に関する問題であるということです。こうしたビジネスに直結する問題は、二国間の経済関係が緊密になる中では、ある種必然的で避け難いものであります。我々は、政治の問題は政治の問題として対話と協力を深めて 行く必要がある一方、こうしたビジネスに関する問題については、政治問題化せず、対話と協力をもって速やかに解決し、ビジネスの担い手が最大限に付加価値を生み出すことが出来る環境を作っていかなければなりません。
 その過程においては、お互いに耳障りなことを申し述べ合わねばならないこともありますが、だからこそこうした「対話」を積み重ねていくことが重要なのです。そのようなことは、中国と日本の間での夫婦喧嘩のようなものであり、互いの絆を強めていく上でも必要なプロセスだとも言えるのではないでしょうか。

【地域の経済連携の模索】
 二〇〇一年のWTO加盟により、中国は、国際貿易ルール作りそのものにおいても、積極的な役割を果たすことが期待される立場になりました。
 しかしながら、WTOの新ラウンドがカンクンでの閣僚会議で合意に至ることが出来なかったように、多様なメンバーが集う中での多国間の貿易ルール作りは容易なことではありません。
 そうした状況もあり、最近では、二国間や地域での「FTA」、「経済連携」という新たな枠組み構築を模索する動きが活発化し、アジア地域においてもそうした動きが本格化してきています。我が国はシンガポールと包括的な経済連携協定を締結したのに続き、昨年末からは韓国、更にはタイ、マレーシア、フィリピン、アセアンとの交渉・協議に入りました。中国も昨年香港・マカオとの経済緊密化取決め(※更緊密経貿関係的安排)を締結、アセアンとの関係でも、タイとは一部農産物において前倒し自由化を開始するなどの進展を得ています。また、日中韓の三国でも、既に研究機関によってFTAの共同研究が進められているほか、本年からは三国の投資協定に関する産学官の共同研究が始められています 。
 モノの貿易の自由化だけでなく、人、資本、情報など経済活動を支えるあらゆる要素が域内を移動する際の障壁を小さくしていこうとするこうしたFTAや経済連携を目指す動きは、いわゆる「魔法の杖」ではないものの、歓迎すべきものであり、その実現に向けた議論を深めていくべきものです。 同時に、そうした議論を深化させていくためには、先ほど申し上げたようなWTO上の約束を着実に実施していくことが大前提となるのです。

【マクロ経済運営面での対話と協力】
 ところで、最近では中国の経済規模の急速な拡大そのものが、周辺諸国や世界の経済にも大きな影響を及ぼすようになっています。そうした中では、中国のマクロ経済運営面での健全性も各国の大きな関心事項となってきます。
 現在、中国の旺盛な需要増は、世界的な 原材料の価格の上昇をもたらしているとともに、中国国内の一部の産業、例えば鉄鋼、アルミ、セメントなどの業種においては非効率的な設備を含む投資の過熱状況もみられ、これによる将来の調整コストの上昇や不良債権問題の深刻化といったリスクの増大が懸念されています。
 中国経済の安定的かつ持続的な成長は、中国自身にとってはもちろんのこと、各国にとっても強く望まれるものです。先月の全人代においても、温家宝総理が、固定資産への投資規模を適切に抑え、一部業種・地区での盲目的な投資や低水準での重複投資を断固 阻止することが重要な課題である、と指摘されていますが、我が国としても、こうした中国のマクロ経済運営に大きな関心を有しており、その対応を注視しているところです。

【東北振興】
 経済運営に関して言えば、中国の新政権は、東北振興を新たに大きな政策課題として打ち出されています。
 そうした中で、先月末には、本日御来席の張文岳(ちょうぶんがく)・遼寧省長をはじめ東北3省の省長が自ら大ミッションを引き連れて来日し、中央・地方の政府関係者や産業界との有意義な交流を行い、大きな成果を修められたと聞いています。
 東北地方は、歴史的にも重工業を中心に中国経済を牽引してきた技術や人材等の面でも潜在能力の高い地域である一方、中国の今後の大きな政策課題のひとつである国有企業改革成功の鍵を握るところでもあると言えるのではないでしょうか。その意味でも、中国政府の取組には、我が国企業も注目しています。

【経済分野以外での国際社会での協力】
 以上、政治、経済の分野での対話と協力について申し述べてきましたが、日中両国の国際社会に責任を持つ国としての対話と協力は、これに留まらず、環境、或いはエネルギー、食糧といった地球規模の諸問題にも向けられなければなりません。
 特に、地球温暖化問題に関しては、一国のみで対応できる問題ではなく、アジア大、地球規模での取組が必要となっております。私が総理時代に採択した京都議定書において、中国は排出削減義務を負った先進国グループには属さないとはいえ、既に世界第二位のエネルギー起源の二酸化炭素排出国であり、今後、環境と成長の両立に向けた積極的な取組が強く期待されているところです。また、先進国・発展途上国双方の環境と成長の両立に資するCDM(クリーン開発メカニズム)プロジェクトについて、我が国企業は隣国中国での実施に関心をもっています。今回の交流を通じて、CDMプロジェクトが促進されることとなれば、これ以上の喜びはありません。


【結語】
 現在、日中両国の関係がギクシャクしているのは残念ながら事実です。しかし、隣同士の両国にとってその関係が疎遠になって得することはお互いに何もありません。こうした時期にこそ、両国間の対話、交流が有意義でありますし、両国の将来の友情と利益の基盤となるのです。近年のビジネスの交流、経済上の相互補完関係の深化が、両国に利益をもたらしていることに間違いはありません。新たな段階における対話と協力の重要な場として、私も今後ともこの交流により一層力を入れていくことを約束して基調講演を締めくくらせて頂きます。