「水と国会議員」講演
出席議員との集合写真 出席者からの質問に答える
「水と国会議員」での講演風景

 海外からご参加を頂きました多くの皆様、日本の国会議員の皆様、そしてご列席の皆様、この様な状況の中、スペシャルプログラム「水と国会議員」にご出席いただき誠にありがとうございます。ご紹介を頂きました地球環境議員連盟・GLOBEジャパンの会長をつとめさせていただいております橋本です。今回はGLOBEジャパンの会長としてだけではなく、第三回世界水フォーラムの運営委員会会長として、21世紀そしてアジアで最初の世界水フォーラムに、皆様をお迎えできることを大変光栄に思います。

 さて、昨日、アメリカ等によるイラクへの軍事行動が行われました。戦争は大変不幸な事態であり、こうした状況を望んではおりませんでしたが、大量破壊兵器の拡散を防ぐためにそれが現実となってしまった今日、我々は今後問題になってくるであろう難民及び国内避難民が夜露をしのぎ、水、衛生(sanitation)、食糧にアクセスできるよう全力を尽さねばなりません。また、イラク国内では電気が切れれば水の供給が止まるという問題が特に農村部及び北部で顕著です。

 昨日の発表によれば、既に日本政府は、緊急支援として、国際児童基金(UNICEF)に対し約65万ドル・国連難民高等弁務官(UNHCR)へは286万ドル、そして世界食糧計画(WFP)へ152万ドルのとりあえずの拠出を決定いたしました。これらはいずれも水・衛生・輸送・児童保護等、国際機関を通しての人道支援であり、さらに国連からのアピールが出されればさらに拠出するということです。また、北部イラクやヨルダンにいる日本のNGOに4億円拠出してその人道活動を応援しているとのことです。また戦争によるイラク国土の荒廃、それによって生じる水関連施設の破壊、復旧問題に対し我々は、お互い議論をしていかなくてはならない事を先に述べさせて頂きます。

 さてここ京都は、古くから水に恵まれ、また水運の中心地でありました。そうしたことが二千年にわたって日本の政治や文化の中心地としての地位を、この場所に与えたわけですが、ここは、皆様もご存知の通り、97年12月に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)の開催地でもあります。開催国の総理として会議に参加し、先進国及び市場経済移行国の温室効果ガス排出の削減目的を定めた京都議定書が採択された場所でもあり、環境問題をライフワークの一つとしております私にとりまして、大変意味深い場所であります。

 振り返ってみますと、約10年前、環境サミット、いわゆるリオサミットが華やかに開かれた時、世界中に何かとても新しいことが始まったという幻想を振りまきました。たくさんの宣言、協定、文書が生まれました。しかし、その後の京都会議では既に各国のエゴが生まれ、合意形成に随分苦労しなければなりませんでした。それから、ヨハネスブルグサミットまでの10年間、各国政府、国際機関、NGO、民間企業、有識者、環境にかかわる多くの方々が、色々な側面や視点から、環境問題を議論してきました。その中で出てきたもっとも重要なキーワードの一つが「水」でありました。昨年のヨハネスブルグ・サミットにおいても、世界の関心が水問題に集中したことは、明らかでした。そして、2015年までに安全な飲み水を入手できない人々及び基本的衛生施設を利用できない人々の割合を半減するとの新たな取り組みに着手することとなりました。人類は、この目標を達成するために、具体的行動の内容を、正しく詰めていかなければならないのです。そして、これを国際的に議論しフォローアップする場、そして確実な行動への第一歩を導き出す場が第三回世界水フォーラムなのです。

 水を考えるとき、まず、このフォーラムのロゴマークのような地球を思い浮かべていただきたいと思います。宇宙から撮影した写真が示すように、地球は青色の惑星であり、表面の60%が水面です。また、私達の身体も60%は、水分です。しかし、実は、地球上に存在する水の97.5%は海水であり、人間が利用しやすい淡水は、2.5%に過ぎません。しかも、そのわずかな淡水の70%は、南極などの氷であって、残りの30%は地下水であり、地表に存在する淡水は、わずか0.01%にすぎないといわれております。人類は、この地表で循環しているわずかの地表水と地下水を利用して、身体に水分を補給し、また、農作物を作り、発展してきたのです。しかし、20世紀の終わりとともに、その限界が明確に見えてきました。

 実際に世界各地で発生している水問題を見るとアラル海の干陸化、黄河の断流は既によく知られているところではありますが、似たような現象は、北米五大湖、チャド湖、コロラド川、ガンジス川などでも発生しています。又、地下水の問題も深刻です。高度経済成長時代の日本では、工業用水などとして地下水を大量に汲み上げたため、都市部を中心に地盤沈下を引き起こした経験があります。これはある程度、目に見える現象だったために、汲み上げを抑制するなど対応することは比較的簡単でした。しかし、問題は目に見えない地下深くで起きています。中国の穀倉地帯の北部平原では地下からの揚水の増加により、地下水位は、毎年、1.5mも低下し、インド全域でも毎年1から3mの水位低下が報告されています。米国の穀倉地帯である中西部大平原では、この乾燥地での農業をまかなうためオガラ帯水層からの揚水による灌漑に依存しており、水位の低下は12mにも及ぶと言われております。また、水位の低下とともに地中の圧力低下が起こり、外部からの汚染物資の流入につながりつつあることも見逃すことの出来ない重大な問題です。

 このような地球の異変や水問題の原因は明確であります。明らかに私たち人間にあります。1万年前に世界の人口は5百万人程度であったと推測されていますが、現在は60億人に達しており、1万年間で1200倍に増加したことになります。この異常ともいえる増大に貢献したのは、まず農業です。特に1万年前に人類が農業を手中にし、それまでの狩猟採取生活と比較すれば、遙かに大量の食料を安定して入手できるようになったことが、人口増加の大きな要因となりました。また、19世紀から20世紀にかけての渦巻きポンプなどの普及は地下水の汲み上げを容易とし、農業のさらなる発達をうながし、人口の増大に拍車を加えることとなります。

 そして、近年の急激な人口増加と経済発展は、水の集中的な利用を、場合によっては乱用とさえ言われる程までにも加速させました。この結果、利用可能な水と水需要のバランスが、ひいては、生態系や自然との共生のバランスさえもが、大きく崩れつつあります。そしてこの利用可能な水量と水需要量の不均衡は、単に量的な問題ばかりではなく、水質汚濁、水資源の劣化など深刻な水の問題をも引き起こしており、世界の多くの水辺で生物の多様性を減少させ絶滅危惧種の増加を誘発しております。まさに、"水の危機"と呼ばれるのも故なしとしません。

 現在、少なくとも12億人の人々が安全な飲料水へのアクセスを持てず、適切な衛生設備に恵まれていない人々は25億人にも達しており、このため水問題に起因する死者が年間で500万人から1,000万人に達するものと見込まれています。そして何よりも見逃すことのできない問題は、この大多数の人達が開発途上国に居住しているという現実であり、まさにこの意味において、水問題は貧困問題に直結する課題であります。このような状況のもと、20世紀の終わりから、「水問題が何よりも大切」とのメッセージや警鐘は、いたるところで聞かれるようになりました。21世紀には、水需要がより一層逼迫し、更には水によって紛争が引き起こされるという予測もあります。まさに「21世紀は水の世紀」といわれるのも過言ではありません。

 しかし私は「水の世紀」という言葉を、"水の紛争の世紀"と言うことではなく、水が人の手で次々に受け渡されるように、「循環する資源」であるという特色に思いを至し、水を通じた地域の融和、更に言えば「人類が水を通じて融和に向かう世紀」という意味で使いたいと思います。我々、人類が増え続ける中、本当に水について希望はないのでしょうか。私は決してそうは思いません。地球の未来をあるべき方向に正しく軌道修正できるものと信じてやみません。

 さて、日本も急速な近代化、工業化を経る過程で、多くの経験をしました。この経験を通じ、環境のもたらす"しっぺ返し"とでもいうべきものを最小限にして、持続的な開発を進める知見を、第3回世界水フォーラムを通じて皆様に供与できるものと信じております。ここでその事例のいくつかをご紹介したいと思います。

 私の大好きな国に、趣味の山登りとも関係しますが、ネパール王国があります。ネパールは大変美しい自然と心豊かな人々の国ですが、経済的には最も貧しい国でもあります。日本も支援をしていますが、貧しいがゆえに、いろんなテーマが先行し、なかなか水が最重要なテーマとしてあがってきません。水問題が解決可能なものとして意識されないことにこそ問題があるとも言えましょう。私自身、1984年より、小児医療の協力に携わってきました。20世紀中にネパールの乳幼児死亡率を1000人中、3桁から2桁に落とすことが目標でありましたが、残念ながら2桁に落とすことができませんでした。しかしながら、もしここで安全な水と衛生設備を供給することができれば、間違いなく乳幼児死亡率を2桁に落とすことができます。

 貧困問題や水問題を考えるとき、この世に生まれたものが生きのびるためにも同等の権利が与えられる必要があり、この点で、安全な水にアクセスできない人への対応を考えることが先ず必要です。水道施設と衛生設備の整備には、インフラ整備だけでも年1800億ドルにも及ぶとの世界水ビジョンの試算もあり、公的資金だけでまかなえる額ではなく、新しい資金メカニズムの確立は避けては通れません。

 他方、限られた資金の中で、如何に水道施設の整備を進めていくかについても、同時に考えなければなりません。これについては、日本の敗戦後の経験が、より役に立つのではと考えています。我が国が第2次世界大戦に敗れたとき、私は小学校の2年生でしたが、当時の日本は国土も荒れ果て、また、水道も破壊され、まさに一からのスタートでした。もちろん、当時は、農村部の水道はまだまだ整備されていない時代でしたから、日本全体で水道の整備を進める必要がありました。日本全体のインフラ整備を進めていかなければならない中、多くの事業で資金不足は否めず、同じように資金の問題につき当たりました。 充分な資金がない中で、日本の水道施設整備を進めるために我々は、水道の会計を独立採算としました。これは、水道事業管理者と住民のオーナーシップの元に、水道を利用する人々の合意形成を図りつつ、等しく料金を徴収し、施設の建設費と日々の運転にかかる費用にあてる方式です。この方式を確立したことによって、我が国はわずか30年あまりで、水道施設の整備を進め、国民皆水道をほぼ実現出来ました。また、日本は比較的水に恵まれた国との印象を持っておられる方も多いかもしれませんが、日本も永年渇水に苦しんでまいりました。

 1978年、北部九州を中心に大規模な渇水が発生し、元々、日本でも水に恵まれていない同地域では、中心都市である福岡市や北九州市で、九ヶ月にも及ぶ水道の取水制限を経験するなど、それは大変なものでした。こういった中で、福岡市や北九州市では市民一丸となって、節水に取り組み、限られた水を有効に使う努力を随所で行いました。例えば、レストランから全ての食器が姿を消し、紙製品に変わるなど、多くの節水対策が行われました。反面、皮肉にも使い捨ての紙食器が大量の廃棄物という別の環境問題を引き起こしたことは、省資源や循環型社会構築の難しさを物語るエピソードでした。

 行政側でも漏水対策の向上に取り組み、現在、福岡市の漏水率は、わずか2.2%までに改善されています。漏水対策に努力することは、水源施設や浄水場の整備など、多くのインフラ施設の有効利用にもつながります。この分野においても、福岡市の例を引くまでもなく、日本はトップレベルにあり、技術と合わせて民間の知恵を含め、貢献することは十分可能と思われます。

 水道のオーナーシップについて述べましたので、灌漑に関するオーナーシップについても少しふれたいと思います。日本でも農業の水を巡って古くから水争いがたえず、そういった中で、水を使う権利が生まれ、定着していきました。それと同時に、水を守り、管理する組織が生まれました。当初は水利組合といわれ、今は土地改良区と名前を変えているのが一般的ですが、日本では、農業用水、灌漑施設の整備、運営、管理についても、農業者が農業用水を管理する組織を作り、自らの手で、実施しているのが一般的です。

 世界の水利用の70%程度を農業が使っています。増え続ける人口を養いつつ、水問題を解決に導いていくには、農業用水の効率化は避けて通れない課題と考えます。そのためには、農民自らが、施設を管理し、節水等につとめることが先ず肝要と考えており、農民によって形成された日本の土地改良制度は、農民によるオーナーシップを提供できる点で充分注目に値する知見と考えています。

 次に流域の統合管理の重要性についてお話したいと思います。

 昨年1月東京で開催されたアフガンニスタン復興支援会議は、世界中の注目を集めました。この会議へ私が持ちこんだものは、実は、アフガニスタンの復興とアラル海の問題をリンクさせなければならないということでした。アフガニスタンの35%の地域から流れる水は、そのまま、トルクメニスタン、ウズベキスタンを通じてアラル海へ流入します。アラル海の現状については改めて説明する必要もないと考えますが、忘れてならないのは、アフガニスタンとタジキスタンの雪解け水がアラル海に注いでおり、水源となっているということです。面積的には、アラル海が受け入れている水の1/5はアフガニスタンからということになります。ところが、これまで、アフガニスタンでは混乱状態の中で、必ずしも水資源の利用が有効に行われておらず、このため、下流国ではこれを農業等に利用することができた面もあります。しかし、これからアフガニスタンの復興を行っていく中で、アフガニスタンの産業をたて直さなければなりません。その中心が農業です。そして、この復興を考えていく中で、下流国のことを考えずにアフガニスタンが自国の農業のためだけにその水を使ってしまった場合、トルクメニスタン、ウズベキスタンの農業等、下流の水使用へきわめて大きな影響を与え、最終的にはアラル海が更に縮小することにもなりかねません。こうなるとアラル海沿岸地域において水紛争、食糧危機をもたらす恐れすら出てきます。

 アフガニスタン復興支援に関しては、流域一帯となった水資源管理を行い、地域の持続可能な開発を進める必要性を強調しておきたいと思います。しかし現在、アラル海沿岸国際水調整委員会には、その上流国であるアフガニスタンが入っていません。私は、上下流の一体的な水資源管理を、アフガニスタンの復興計画に位置付けることの必要性を、これまでも繰り返し大きな国際会議の場において、述べさせていただいております。他方、日本には国際河川があるわけではなく、国境を越えた流域管理という事例は当然のことながら存在しません。しかし、上下流一体となった流域管理が必要という意味では、反省も含めて知見を有しております。例えば、第2次世界大戦後、国土の大半が焼け野原でした。又、住宅の建設や、燃料のために、残っていた森林の伐採を進めました。そしてその伐採跡地には、生育が早く利用が容易な、杉、檜などの針葉樹の植林を行いました。これが後に大きな問題へとつながることになりました。針葉樹には広葉樹が持っていた水を蓄える機能、地表に積もった落葉が持つ水を蓄える機能、がありません。更に落葉は、肥沃な栄養分となり川を通じて、沿岸に運ばれ、栄養分を供給してきました。広葉樹を針葉樹に替えることは、沿岸漁業にもかげりをもたらすことになりました。

 しかし、最近、沿岸漁民が上流にもう一度、広葉樹を植えようとの運動を開始しました。漁民が山に木を植え始めたのです。つまり彼らは、川の栄養分を昔のように取り戻すため、川の上流で植林活動を始めたのです。GLOBEジャパンでは、昨年の4月に「水との共存」と題したシンポジウムを東京で行い、講演者として、畠山重篤(しげあつ)さんという、宮城県気仙沼湾というところで牡蠣の養殖をされている方をお呼びしました。畠山さんは、14年以上、山に落葉広葉樹の苗木を植える、「森は海の恋人」運動をしています。70年代前半、汚れた海に発生する赤潮プランクトンのため「血ガキ」と呼ばれる血液色の牡蠣が多くなっていた地元の海を、この運動のおかげで、ほとんど元通りにすることが出来たそうです。また、この漁民の方々による植林がきっかけとなり、上流の森の民と下流の民との交流が深まったとも聞いています。上流部で農業を営んでいる方々は、なるべく農薬を使わない環境保全型農業に取り組み、また、漁民の方々は、海を汚さないように注意するようになってきたと、畠山さんは語っていました。このような動きこそ、まさに人類の英知といっても過言ではないと私は思います。こうした活動によって、地域の融和が図られ、上下流の一体感が醸成されることにもつながります。まさに「水の世紀」の希望は、こんなところに存在すると私は固く信じております。

 以上、世界の水問題の解決に向けて貢献できると思われる日本の知見について、その一部を御紹介させていただきました。私は、ここに御参集の皆様、それぞれの国が持っている知見や叡智、これは、先進国ばかりではなく、むしろ途上国にこそ自然と向き合いつつ、長年にわたって培かわれてきたその地域に根ざした伝統技術があるものと思いますが、これらの叡智が、第3回世界水フォーラムを契機により一層共有化され、誰もがこれを活用出来るようにすることが大切と痛感しております。

 また、導き出された行動を、より確実かつ継続的な歩みとしていく課程で、立法者たる国会議員は、大変重要な役割を担うこととなります。しかし、過去二回の世界水フォーラムでは、国会議員が集まって、水問題を議論する場は残念ながらありませんでした。このため、地球的視野を持つ立法者の組織であるGLOBEが中心となり、第三回世界水フォーラムにおいて初めて「水と国会議員」が開催されることは、大変重要な意味を持ちます。深刻な水問題を克服し、より素晴らしい21世紀の地球を世界の子供たちのために残せるよう、21世紀の立法者の行動指針にふさわしい、「水宣言」が採択され、水問題解決に向けた行動が1歩でも2歩でも確実に前進することを切に願います。ご静聴有り難うございました。