〜新しい時代における日中関係の重要性〜
平成15年2月27日 八一大楼にて

一.導入
 尊敬する熊光楷・中国国際戦略学会会長並びに御列席の皆様。
 本日、日中佐官級交流事業の一環として、中国人民解放軍の交流拠点の一つであるここ八一大楼において、「新たな時代における日中関係の重要性」と題して、国交正常化三十周年を昨年迎え、新しい時代に入った日本と中国の関係についてお話する機会を与えられたことを、大変光栄に感じております。まずは、このような機会を設けて下さった熊光楷会長を始めとする中国側関係者の方々に厚く御礼申し上げます。

 両国間では、昨年の日中国交正常化三十周年を記念し、「日本年」「中国年」活動として、経済、貿易、観光、教育、青少年交流などの幅広い分野で、国民参加型の各種事業が積極的に展開されました。このような大規模かつ双方向の交流を通じ、国民レベルでの相互理解・相互信頼は、より一層深まったものと確信しております。
 私自身も、昨年九月には、「日中国交回復三十周年を成功・発展させる議員の会」会長として、国会議員八十五名を始めとする日本人一万三千人とともに訪中し、九月二十一日に人民大会堂で開催された盛大な記念レセプションにも参加いたしました。同レセプションにおいては、江沢民国家主席より日中関係の重要性を強調するスピーチを賜り、大変勇気付けられたことが深く印象に残っております。

 また、今年は、昨年の国交正常化三十周年に引き続き、日中平和友好条約締結二十五周年にあたり、昨年の国民レベルでの積極的な交流によって作られた良好な関係を失うことなく、幅広い分野における対話と協力を更に拡大・深化させていくことが重要であると考えます。
 先程触れました「日中国交回復三十周年を成功・発展させる議員の会」も、先月二十九日の総会で、名称を「日中関係を発展させる議員の会」に変更し、日中関係の更なる発展を促進していくため、引き続き活動していくこととなりました。私も、引き続き同会の会長として、議員レベルでの対話と協力を推進していくため、全力を尽くしてまいりたいと考えております。

 以上のような両国を取り巻く交流促進の機運を背景に、本日は、これからの新たな時代における日中関係の重要性について、特に、安全保障分野における交流が如何に重要であるかについて、私の考えを述べたいと思います。

二.新たな時代における日中関係の重要性
 私は、国際社会における日中関係の重要性を踏まえ、早くから両国関係の発展に努力してまいりました。例えば、一九九一年には、一九八九年の天安門事件以降、西側諸国が閣僚レベルの訪中を停止していた中、私は西側諸国の経済関係閣僚としては初めて、当時、日本の大蔵大臣として公式に貴国を訪問したほか、日中国交正常化二十五周年にあたる一九九七年には、内閣総理大臣として訪中しました。その後、総理退任以降も、度々貴国を訪れております。

 一九九七年に総理として訪中した際には、私は、北京の国家行政学院において政策演説を行いました。その中で、国交正常化二十五周年を迎えた日中両国が、ともにアジア太平洋地域における建設的パートナーとして、さらに多くの国際的課題にともに取り組んでいくことが重要であるとの基本的な認識に立ち、四つの観点から、「日中間の対話の強化と協力関係の拡大の必要性」を強調いたしました。本日、私は、今一度、この四つの観点から、「日中間の対話の強化と協力関係の拡大の必要性」を改めて思い起こしつつ、その今日的な意義について考えてみたいと思います。

 この四つの観点の第一は、「地理的に隣接する国同士としての対話と協力」です。日中両国は地理的に隣接しているが故に、様々な摩擦が生じることは避けられません。最近の例で言えば、我が国における中国人犯罪の増加、農産品に関する貿易摩擦、北朝鮮工作船の問題等が挙げられます。ここで重要なことは、こうした問題のうち、例えば、工作船の引揚げや農産品の問題等、日中間の緊密な対話と協力を通じて解決された問題が少なくないということです。これは、たとえ如何に困難な環境にあっても、また、むしろ懸案がある時にこそ、両国間で緊密な対話を行っていくことが必要であり、さらに、こうした緊密な対話の前提として、両国間で常日頃から活発な交流・協力を行っていくことが重要であることを強く示すものでもあります。こうした観点からも、日中両国共に、将来を見据え、若い世代の政治家等各界各層の交流を更に促進し、揺るぎない信頼関係を地道に積み上げていくことが特に重要であると考えます。

 第二に、日中両国間では、「歴史的に深い関わりを持つ国としての対話と協力」を進めていくことが必要です。両国は、これまでの交流の数千年にわたる歴史において、全般的には良好な関係を維持してきましたが、過去に不幸な一時期があったことも、また事実であります。私は、一九九七年に、戦後の総理としては初めて、貴国の東北地方を訪問し、瀋陽では「九・一八事変博物館」を訪問するなど、この問題の重要性を良く理解しております。こうした点を踏まえ、日中両国が互いの歴史を学び、未来志向の関係を発展させていくことが、アジア太平洋地域、ひいては世界の平和と繁栄に貢献していく上でも重要です。この観点からも、遺棄化学兵器の処理をめぐる最近の日中間の協力の進展は、人民解放軍の協力も得て、日中両国が過去の歴史に関する問題についても、協力しつつ前向きに取り組むことが出来ることを内外に示すものであると言えます。私は、こうした試みを高く評価し、更なる進展を強く期待しております。

 第三に、「文化的共通性を持つ国同士としての対話と協力」が挙げられます。日中両国の間には、過去の長い交流の結果として、歴史的・文化的に多くの共通点がありますが、実際には、それぞれ独自の文化・習慣があり、却ってお互いが誤解し合うケースもしばしば見受けられます。その意味で、文化交流を意識的に積み重ね、強化していく努力が必要と考えています。また、文化交流というと、双方の伝統文化を思い浮かべますが、現代の若者文化を含めた幅広い文化交流を一層強化していくことも重要でしょう。例えば、昨年の「日本年」「中国年」活動においては、日中両国の若者の間で大きな人気を博しているロックグループ「GLAY」のコンサートが北京で行われ、大成功を収めました。こうした試みは、これまでにない日中間の文化交流の方向性を示しており、今後、更に拡大・深化していくことを期待しております。

 第四に、私が最も強調したい点として、「地域と世界に責任を持つ国同士としての対話と協力」を進めることの重要性を挙げたいと思います。日中両国は、アジア太平洋地域の平和と安全に責任を持つ国として、まず第一に「安全保障面での対話と協力」、そして第二に「国際社会における対話と協力」を強化していく必要があります。このうち、第一の「安全保障面での対話と協力」については、後で詳しく述べることとし、ここではまず第二の「国際社会における対話と協力」の強化について述べたいと思います。
 この点に関し、最近の国際社会における最も注目すべき変化は、急速な経済発展を背景にした貴国の役割の増大でありましょう。貴国の経済は、一九七九年の改革・開放政策の開始以降、この二十三年間で平均約九・五%の成長率を維持し、現在では名目GDPで世界第六位の規模となっています。さらに、貴国は、国内経済を順調に成長させる一方で、二○○一年末にはWTO加盟を果たし、中国・ASEAN自由貿易協定に関する交渉をスタートさせる等、国際経済との連携強化に向けた積極的な動きを活発化させています。
 我が国としては、貴国のこうした動きを歓迎するとともに、東アジアの経済統合やWTOを中心とする国際経済体制を更に確固たるものとしていくためにも、日中両国が緊密に連携し、協力することが、両国にとってますます重要になってきていると考えています。更に、環境、エネルギー、食糧といった地球規模の諸問題など、国際社会に責任を持つ日中両国で協力すべき分野は近年ますます拡大していると考えています。

三.安全保障と日中関係
 以上、四つの観点から「日中間の対話の強化と協力関係の拡大の重要性」につき述べてきましたが、私がこの講演において最も強調したいのは、第四の「地域と世界に責任をもつ国同士としての対話と協力」のうち、とりわけ「安全保障面での対話と協力」の重要性です。
 今や、国際的な安全保障環境は、急速に変貌を遂げつつあります。特に近年、グローバル化が進み、各国の経済的な結びつきが強くなる一方、国際テロや麻薬など国境を越えた問題の重要性が増し、国家の安全保障は決して一国のみで保障できるものではなくなってきています。また、安全保障の概念そのものも、外交や軍事の他、経済、社会、文化、環境など多様な概念を含むものに変化しております。例えば、安全保障の観点からも人類が一丸となって取り組むべき地球的規模の課題として、「水」問題を通じた世界の環境保全や、麻薬・薬物の問題があります。今後、こうした分野でも日中間の協力を深めていくことがますます重要になっていくでしょう。
 このように変動著しい安全保障分野において、日中両国が互いに透明性をもって対話を行い、相互信頼を醸成することにより、安全保障の分野で安定した関係を発展させていくことは、アジア太平洋地域、ひいては世界全体の平和と安定にとっても不可欠です。ここでは、こうした観点から、日中間の安全保障分野の相互理解の現状と、今後の対話・協力のあり方について述べたいと思います。

 まず、日中双方の安全保障分野における相互理解の現状につき、簡単に述べさせて頂きたいと思います。私は、貴国が近年「相互信頼、互恵、平等、協力」を理念とし、「対話と協力」に基づく新しい安全保障概念(「新安全観」)を提唱しておられる点に注目しています。この概念については、昨秋の第十六回党大会における江沢民総書記の報告をはじめ、昨年十二月に発表された貴国の国防白書にも明記されております。私は、この概念は、世界各国が軍事力によらず、対話と協力に基づき諸問題を解決すべきであるとしている点で極めて重要であると考えております。
 一方、貴国が保有する核・ミサイルや、貴国の軍事費が年々増加していることに対して、我が国国民のみならず、周辺諸国の国民も強い懸念を持っていることは事実であり、いわゆる「中国脅威論」といった見方を取る人は、こうした点に着目しています。私は、周辺諸国のこうした懸念を払拭するためにも、貴国が国防政策等についてより一層透明性を高めるよう、更に努力されることを期待いたします。

 次に、我が国の安全保障政策について簡単に述べます。我が国は、日米安保を基軸とし、平和で安定したアジア太平洋地域の安全保障環境を構築するために積極的な役割を果たしていくことを基本理念としています。我が国は、戦後一貫して「平和国家」としての道を歩んできており、この点については冒頭に述べた昨年九月の江沢民国家主席によるスピーチでも高く評価されているところです。この機会に、我が国の専守防衛政策は、今後とも何ら変わりなく、ましてや軍国主義の復活などはあり得ないことを、改めて強調しておきたいと思います。なお、この点に関しては、中国国内でも、最近、日本のこうした実状を理解し、未来志向の対日関係を主張する声が聞かれ始めており、私としても大変心強く感じております。

 一方、現時点において、日中間の安全保障面における協力と交流は、残念ながらまだまだ不十分だと言わなければなりません。イラク、北朝鮮情勢をはじめ国際情勢が大きく変化している中、日中両国が、安全保障面での協力と対話を一層深めていくことは、アジア太平洋地域の平和と安定に関して大きな責任を有する両国にとって、当然の責務です。特に、北朝鮮の核開発問題は、この地域の安全保障環境に重大な影響を及ぼす深刻な問題であり、北朝鮮との伝統的な友好関係を有する中国が、我が国をはじめとする関係国との対話と協力を通じて、問題解決のために必要な影響力を発揮されることが、これまでになく重要になっていることを指摘したいと思います。

 日中間の防衛交流・対話については、私は総理時代から、こうした交流・対話を積極的に進めるよう努力してきました。例えば、私の総理在任中、政府レベルの防衛交流として、日本からは、一九九八年五月に久間・防衛庁長官、また、一九九六年八月には村田・防衛事務次官が訪中し、貴国からは一九九八年二月に・国防部長、さらに一九九六年一二月には、本日御在席の熊光楷・人民解放軍副総参謀長が、それぞれ訪日されました。また、日中の外交・防衛当局間で安保対話が一九九六年一月、一九九七年三月、一九九七年十二月の三回にわたり実施されました。今後とも、このような政府レベルの交流を強力に進めていくことが重要であると考えます。

 こうした観点から言えば、昨年四月に予定されていた防衛庁長官の訪中や、五月に予定されていた中国の海軍艦艇の日本訪問が延期されたままであることは、非常に残念に思います。私としては、ハイレベルの防衛交流の一日も早い復活を強く期待しております。ちなみに、ロシアとの関係で言えば、一九九六年に海上自衛隊艦艇が初めてウラジオストックを訪問してから、既に三回にわたってロシアを訪問しており、ロシア海軍艦艇もすでに四回訪日しております。また、韓国との関係では、一九九六年に海上自衛隊艦艇が初めて韓国を訪問してから、既に五回韓国を訪問しており、韓国の海軍艦艇も既に八回日本を訪問しております。このような各国との艦艇交流は、我が国と各国との間の相互信頼醸成に大きく貢献しており、日中間においても、こうした交流が一日も早く実現することを強く期待しています。

 なお、私は総理退任後も、日中間の安全保障分野における民間レベルでの交流を積極的に促進してきました。
 そのきっかけについて、少し詳しく紹介させていただきたいと思います。私は、総理在任中の一九九六年、当時の米国クリントン大統領との間で、「日米安全保障共同宣言」を発表し、さらに新たな「日米防衛協力のための指針」を作成しました。このような取組みについて、当時、貴国からは、いわゆる「周辺事態」の適用範囲をめぐり、日本がこの地域における軍事的役割を拡大させるのではないかとの反発がありました。これに対し、日本側から機会あるごとに、日米安保体制は全く防衛的な性格のものであり、特定の脅威を前提としたり、特定の国に向けられたものではないこと、また、専守防衛など我が国の安全保障政策上の基本的方針に何ら変わりはないことを貴国に説明してきました。こうした点については、両国の政府レベルにおいては、一定の理解に達したものと考えていますが、両国の安全保障政策についての相互理解を一層促進していくためには、現場レベルでの様々な交流を抜本的に強化していくことが必要であることを改めて強く実感しました。
 こうした問題意識を有していたところ、二〇〇〇年十月、笹川平和財団とともに「日中安全保障交流団」の団長として訪中する機会を得て、江沢民国家主席との間で民間レベルの安保・防衛交流を推進することで一致しました。これを受け、その後、笹川日中友好基金と国際戦略学会の協力により、トラック2としての「佐官級交流事業」がスタートし、本事業は、関係者の努力もあり、順調に軌道に乗っています。これまで中国側からは二回の訪日団を迎え、海上自衛隊の横須賀基地や航空自衛隊の百里基地等の視察や意見交換が実施されました。日本側からも二回にわたり訪中団を派遣し、北京の第六旅団、空軍第二十四師団、上海の東海艦隊基地等の視察や意見交換などが行われててきています。こうした相互の関連施設の視察や意見交換は、相互理解の増進にとって極めて重要であり、特に昨年七月の中国側からの第二回訪日団は、テレビのニュース番組でも放送されるなど、我が国においても大きな注目を集めました。
 本事業は、江沢民国家主席との間で、少なくとも十年間は継続することで合意しております。両国関係者の努力により、本交流事業が一層発展し、日中両国間の安全保障関係者の相互理解・相互信頼が飛躍的に強化されていくことを強く期待しております。

四.結語
 荘子の有名な言葉に、「丘山は卑きを積みて高きを為し、江河は小を合して大を為す」(中国語「丘山積卑而為高、江河合小而為大」)があります。これは、偉大な人物は、細かな対立した意見を統合して一つにまとめあげる包容力を有していることを、大自然の営みを以て喩えたものです。今後とも日中間で様々な問題が生じることは避けられないと思いますが、双方が意見の対立を乗り越え、アジア太平洋地域、ひいては世界全体の平和と安定という大きな目標に向かって、相互の立場にも十分配慮しつつ、互いに協力を深めていくことが重要であると考えます。
 特に、日中両国の安全保障に携わる人々が、こうした大きな共通の目標を協力して達成していくとの観点から、本件交流事業をはじめ様々な機会に直接の対話を行っていくことが重要でありましょう。今後、本件交流事業をはじめ、日中間の幅広い対話と協力が一層し、正に泰山、そして黄河の如く、高き山、大きな河の流れとなっていくことを、心から願っています。
 御静聴有難うございました。

(了)