21世紀における社会保障のあるべき姿

橋本龍太郎元総理に「その方向」を聞く

春特別インタビュー(週刊 社会保障 新春特別号より)
平成13年1月

 新世紀を迎えたわが国の社会保障制度には、高齢者医療制度の創設、基礎年金国庫負担の引き上げ、介護保険制度の定着化等、将来の社会保障のあり方にも関わる課題が山積している。そこで本誌新年号の新春特別インタビューとして、社会保障関係で厚生政務次官、厚生大臣等を歴任し、わが国の社会保障制度の発展に大きく寄与してこられた橋本龍太郎元内閣総理大臣(昨年十二月五日、第二次森改造内閣の行革・沖縄北方担当相に就任)に、新世紀の社会保障の進むべき方向について、佐藤政男本誌主幹がインタビューした。

皆保険体制を維持する日本を諸国が高く評価  

佐藤政男本誌主幹:

 あけましておめでとうございます。橋本先生におかれましては、第二次森改造内閣の行革・沖縄北方担当相へのご就任おめでとうございます。

橋本龍太郎元内閣総理大臣(現行革・沖縄北方担当相):

 ありがとうございます。今回の中央省庁再編では、厚生省と労働省の統合により「厚生労働省」が誕生します。私は厚生政務次官、厚生大臣を務めさせていただいておりますし、長く、厚生行政、社会保障の問題に取り組んでまいりました。新たな体制で臨む厚生労働省の皆さんにも、国民のために、是非頑張っていただきたいと思います。  

佐藤主幹

 それでは、二十一世紀という新しい世紀を迎えるに当たり、まず、二十世紀の社会保障について、先生の評価をお聞かせください。  

橋本元総理:   

 二十世紀の社会保障をふり返った時に、日本の先輩方は大変な先見性をお持ちだったと思います。一方で、少しずつ、状況と合わない部分が出てきた際に、その時代時代に改善していくという努力を怠ったことが、新しい世紀を迎えて、社会保障という世界を苦しくしている原因を作ってきたように思えてなりません。
 例えば、昭和十三年に国民健康保険ができましたが、その時代にあって、貧しくて医療を受ける機会が得にくいであろう人々に対して、国民健康保険を作るという発想は大変素晴らしいものです。そして、第二次世界大戦の敗戦という時期を乗り越えて、そのまま継続していくことができた。ただ、そのなかで一つの問題が生じています。
 実は、この制度における診療報酬体系は、当時、圧倒的に自由診療を求める方が多いなかで、経済的ゆとりのない方々に対して設計された体系であります。その後、国民皆保険になった時に、本来は、救貧思想をベースとした体系は手直しして、皆保険体制のスタートの時に、自由診療がほとんど無くなることを想定した診療報酬体系を模索しておくべきだったのでしょうね。  

佐藤主幹:   

 今、具体的にどのような対応が必要なのでしょうか。  

橋本元総理:   

 私は従来から、ドクターフィーとホスピタルフィーをきちんと分離しなければならないと言ってきましたが、この辺りの矛盾を根本的に直すことに合意が得られなかったということは、本当に残念に思います。
 今、いよいよ本質的な部分まで掘り下げなければならない時期にきており、坪井日医会長に対しても、あるべき診療報酬体系、薬価差益を経営の柱にしないで済む診療報酬体系はどのようなものか、日医としても考えていただきたいとお願いした。同時に、「ドクターフィーとホスピタルフィーの分離を本気で考えませんか」と申し上げ、前向きなお答えをいただいています。ドクターフィーとホスピタルフィーを分離すれば、必ず初めは、見かけの総医療費は膨らむ。しかし、それを一度乗り越えなければ、本質的な改革はできないと思っています。
 現在のわが国の医療保険制度には、問題が山積していると思いますが、そのうえで、皆保険制度を持つ国のなかでは、最も優れた制度であると思っています。アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)の主催で、日・米・欧(EU)の高齢社会における将来像を模索するシンポジウムを昨年の正月からスタートさせました。私も共同委員長を務めさせていただいているのですが、年明け早々、第二回目をヨーロッパで開く予定で、できれば年内に三回目を日本で開き、何らかの締め括りをしようと計画しています。
 このシンポジウムの第一回目の会合では、日本が家計に著しい圧迫を加えない形で医療保険を皆保険で維持していることに驚きの声があがっていました。改善しなければならない問題が数多くあることは間違いありませんが、日本がこれだけの制度を維持してきていることは、われわれが誇りを持ってよいことなんだなと、改めて思いました。  

佐藤主幹: 

 年金制度について国民皆年金の制度が構築されていることも、誇れることなのではないでしょうか。  

橋本元総理: 

 勿論そうです。正確にいえば、皆保険・皆年金と公共福祉サービスを組み合わせて、国民のセーフティガードを用意したことは、大変意義のあることです。皆保険、皆年金は「老人」が法律用語となる前に、われわれの先輩方が、高齢社会を想定して行動された結果、生まれたのです。昭和三十八年の老人福祉法の制定は、「老人」という言葉を法律用語にすることによって、高齢社会がきた時にも、家族あるいは親族だけではなく、国も自治体も地域社会も、高齢者を支える責任があるという思想を打ち出したものといえるでしょう。
 そうした意味でも、年金制度について皆年金制度に踏み切り、加入する時間が無かった方々を福祉年金で対応するという手法を採用されたことは、それぞれ大変素晴らしい先輩方の業績だと思います。

第二次世界大戦の影響で高齢単身女性世帯が増加  

佐藤主幹: 

 それでは、二十一世紀の社会保障制度はどのようにあるべきとお考えでしょうか。

橋本元総理: 

 二十一世紀の社会保障制度を考える際に、皆さんがすっかりお忘れになっていることが一つあります。それは第二次世界大戦の影響です。第二次世界大戦で、当時三百万人以上の青年を戦場で失った。その多数の方々は独身で戦死された。その年齢層に対比する結婚適齢期の女性層が、現在、高齢単身女性世帯として現れてきている。これが、私が介護の仕組みを作りたい、介護制度を保険システムで構築したいと国民に訴えた理由でもあるのです。
 高齢単身の女性世帯は、介護保険のスタート時点の認定段階でも、全国的に相当いらっしゃることが分かりました。この原因をここまで掘り下げて考えてくださった方はいないようです。第二次世界大戦の影響を無視して考えてはならないと思います。制度スタート時には、家族介護の重要性を認識していないというご批判もありましたが、家族間の介護が得られない人がいることを忘れてはならないのです。
 これから先、二十一世紀においても、われわれはこの問題に答えを出さなければなりません。この問題は、その方々の責任ではないのです。五十年以上前の国家の選択で運命が決まってしまった方々であり、国が考えていかなければならない問題です。やはり、社会全体がお互いを支え合う仕組みで、この問題には対応すべきであると思います。これはまた、年金を考える場合において、世帯単位の年金を個人単位にしなければならないと考え始めたベースでもあります。  

佐藤主幹: 

 高齢化とともに、少子化の問題も深刻になっています。  

橋本元総理:

 これが悩ましい問題なのですね。われわれは高齢化の進展に対する見通しは、それほど大きく間違っていなかったと思いますが、少子化の方は大きく間違ってしまった。行政とともに見通しを誤ったという点で、われわれに責任がないとは思いません。
 少子化が進むなかで、今後、世代間同居があるという想定で制度設計をするのと、世代間同居は無くなるという想定で制度設計するのとでは、制度の姿が大きく変わってくる。医療、介護、年金の制度のウエイトにも大きく影響します。
 その方向を判断しきれないのです。私個人としては、家族が完全にバラバラということは望まないのですが、どちらに整理すればよいのか、正直に言って悩んでいる。今回、非常に嬉しい場所を提供していただきましたので、この問いかけに、読者の方が答えてくださると有り難いと思います。

医療保険や年金分野に私保険の組み合わせを  

佐藤主幹: 

 社会保障の負担についてはいかがでしょうか。  

橋本元総理:

 私は年金制度、医療保険制度を含めて皆保険・皆年金の土台は変えてはならないと考えています。しかし、医療にしても、年金にしても公的な仕組みだけですべてカバーできるかといえば、おそらく難しいでしょう。私は保険方式論者なのですが、高齢化が進めば、勿論、国庫負担は入れていかなければなりませんので、そのアッパーリミットはどこなのかを考えておく必要があります。
 私は、高齢化のピーク時でも国民負担率は五〇%以内と申し上げ続けてきた。減税だけではなく、要するに国民負担率を抑えることが重要で、保険料負担と税負担と両方あるのだから、そこを抑える方が大切ではないかといっていたのですが、あまり関心を示していただけませんでした。
 現在、保険方式をやめて、財源をすべて消費税に切り替えるという主張があります。保険料がゼロになるのは、非常に有り難いように見えますが、その場合、消費税率をどこまであげるのかということになります。国民の総意ならそれでもよいのですが、逆に言えば、その税率の範囲の収入に社会保障が押し込まれることになる。それで良いのでしょうか。  

佐藤主幹:

 それは、不可能だと思いますね。  

橋本元総理: 

 基本的なところは、年金も医療保険も維持していく。しかし、例えば、医療について保険診療と自由診療のどちらかということではなく、私保険を組み合わせてもよい。医療技術が発達してきて、遺伝子治療など単なる治療というものを飛び越えたものが出てくるようになれば、個人の選択が働いてよいと思います。そこに私保険を組み合わせる価値はあるのではないでしょうか。
 これは年金にもいえることです。ベースはきちんと国が保障します。しかし、自分の老後を考えて、別な選択肢を組み合わせたいと考える人がいてもよいはずです。そこで、総理を辞めた直後から、確定拠出型年金の議員連盟会長を引き受け、昨年の臨時国会で確定拠出年金法案を継続審議までもってくることができました。現在の年金制度に、自分の意志で組み合わせることができる選択肢を広げる性質のものであり、確定拠出型年金制度を選択肢として選べるような仕組みを用意しておくことは、われわれの責任であると考えています。  

佐藤主幹: 

 年金のお話でもうひとつお伺いしたいのですが、最近、厚生年金基金で代行部分の返上が議論になっています。この点については、どのようにお考えですか。  

橋本元総理: 

 経済の実態が非常に厳しく、低金利のなかで資産運用の結果も、予定通りに積み上がらないということからの声でしょう。これは、それなりに切実な声として聞いています。ただ、一時期の苦労で、本当に返上してしまわれて、金融情勢が変わってきたときに、むしろ、うまく運用しておけばよかったと思われることはないのかな、と思ったりもします。 医療は予防を拡充して 老人医療費の伸び抑制  

佐藤主幹: 

 医療の問題で、高齢者の医療制度をどのようにしていくかが、大きな課題になっています。先生の構想はいかがでしょうか。  

橋本元総理: 

 まず、医療の範囲について、従来から予防分野を伸ばしたい、予防給付に対して厚みを付けたいと申し上げてきた。病気になった後の医療費だけで議論すれば、老人医療費が減るはずはないのです。実は医療がどこまで予防に入ってきてくれるかで、老人医療というものがずいぶんと変わってくるのです。無制限に老人医療費が増加することも避けなければなりません。この辺りにも、私が私保険を組み合わせたいとする理由があるのですが、同時に、医療が予防にどこまで範囲を広げていくか。この点に答えが欲しいですね。これによって設計図は大きく変わるでしょう。  

佐藤主幹:

 高齢者医療については、五〇%の公費を上限とするようなシステムを想定されているのでしょうか。  

橋本元総理: 

 それらの負担を合計して、高齢化のピーク時にも税と保険料を合せた国民負担率が五〇%のなかに収まるかという問題がありますね。医療費は伸びる一方ですから、その心配はあります。しかし、予防に重点を置けば、医療費の伸びの速度は落ちることになると思います。  

佐藤主幹:

 私どもも大変期待しております。最後になりますが、先生が提唱される世界福祉構想(Initiative for a Caring World)についてお伺いします。一九九六年のフランス・リヨンサミットで、先生が提唱されたとお聞きしております。  

橋本元総理:

 開発途上国に対し、医療保険制度、年金制度、労災保険、保健所制度も含めて、われわれの体験を伝えられるものは、非常にたくさんあると考えました。そこで世界福祉構想を提唱し、先進国の体験をきちんと途上国に移し替えるというメカニズムを作りたいと提案し、サミットで各国首脳の賛同を得ることができました。提唱国として、九六年十二月、沖縄県において、当時の小泉厚生大臣に議長をお願いし、東アジア社会保障担当閣僚会議を開催しました。「俺が言い出したんだけど、後は純ちゃん頼むよ」といって、私は開会の辞だけで、押しつけて逃げてしまいましたが(笑)。

佐藤主幹:

 これは、大変大きな構想で、二十一世紀には花開くものになりますね。  

橋本元総理:

 寄生虫対策等、一部分はすでに稼働しています。タイ、ケニア、ガーナそれぞれの研究機関をベースに寄生虫対策の国際協力が軌道に乗り始めている。また、昨年の暮れには第三回のフォーラムを開いたばかりです。世界福祉構想は、もう少しすると、相当の広がりを持った取組みになっていくと期待しています。  

佐藤主幹:  この構想がより具体化されることで、世界に貢献されることをご期待申し上げます。二十一世紀の冒頭に、大変素晴らしいお話しをありがとうございました。