国際寄生虫対策アジアセンター
国際研修開講式での講演

平成13年9月17日
 
―初めに―

 本日は、国際寄生虫対策アジアセンターの国際研修が開講するにあたり、この伝統あるマヒドン大学で、我が国が取り組んでいる寄生虫対策に関する協力政策について講演できることを光栄に思います。
 マラリアや住血吸虫などの寄生虫疾患は、熱帯地域に住む人々にとって保健上最大の問題であります。年間約5億人の人々がマラリアに罹患し、200万人以上が死亡しており、土壌伝播寄生虫の感染者は35億人にも上がると推定されています。更に昨今、感染症・寄生虫症の問題は、単なる保健上の問題にとどまらず途上国の経済社会開発上の重大な阻害要因と認識されており、貧困削減の中心的課題の一つとなっています。
 
―日本の経験―

 かつて、日本も寄生虫疾患の流行地でありました。特に第二次世界大戦後日本は極度の経済的貧困に直面しました。当時土壌伝播寄生虫の感染率は、国民の70%に及び、マラリア、フィラリア、住血吸虫症も局地的に発生しており、国民の健康に大きな影響を及ぼしていました。
 しかしながら、そのような困難な中で、日本は、政府、地方公共団体等の行政と寄生虫専門家、民間団体が一体となり、地域住民の積極的な参加の下、全国的な寄生虫対策を展開しました。
 具体的には、日本では、寄生虫対策が公衆衛生活動の一環として位置付けられ、住民活動や学校保健等地域活動を柱として、集団検査と駆虫が実施されました。  その後の経済発展、医学・医療の発達、医療保険制度の整備、衛生教育の徹底等があいまって、我が国には寄生虫疾患はほとんど見られなくなり、大部分の寄生虫疾患の制圧に成功しました。
 
―日本の経験を世界に・サミットでの提案―

 97年のデンヴァー・サミットにおいて、私は寄生虫対策の重要性を指摘し、国際的な協力の必要性を強調しました。このとき、私は、サミットの直前まで如何なる問題を重要なテーマとして取り上げるか熟慮していました。結果的に寄生虫対策を取り上げたのは、寄生虫疾患が日本で制圧されてから暫く時間が経過し、国内の大学における寄生虫関連講座の数も減り、世界的にも寄生虫対策への研究や取組みのウェイトが下がりつつある中で、日本にこの分野での知見を持つ専門家が健在であるうちに、この問題を取り上げるべきだと考えたためであります。
 その後、98年のバーミンガム・サミットで、私は、この問題の重要性を強調するとともに、国際寄生虫対策を効果的に推進するために、アジアとアフリカに「人造り」と「研究活動」のための拠点をつくること、WHO及びG8諸国とも協力して、このような拠点を含むネットワークを構築し、寄生虫対策の人材養成と情報交換等を向上させていくことを提案しました。その結果、コミュニケには、G8が今後感染症・寄生虫症に関する相互協力を強化し、これからの分野におけるWHOの努力を支援することが盛り込まれました。
 こうして日本の寄生虫対策はG8の合意を得て動き出しました。そのアジアの拠点がこのマヒドン大学を拠点とする「国際寄生虫対策アジアセンター」であります。
 さらに、2000年7月の九州・沖縄サミットにおいて日本政府が「感染症対策イニシアチブ」を発表し、今後5年間に開発途上国での感染症対策に総額30億ドルを目途に援助することを表明しました。今後の協力の中で、日本の経験を生かすと共に、寄生虫対策に取り組む国々の間で経験、課題を共有し、更には将来の改善策につなげていくことが期待されています。
 
―国際寄生虫対策アジアセンターに期待するもの―

・ 包括的な寄生虫対策アプローチの必要性
 途上国の感染症対策には、インフォメーション(情報提供)、エデュケーション(教育指導)、コミュニケーション(意思疎通)が重要と言われています。実際、寄生虫による被害を減少させるためには、国民の衛生に対する意識改善、食生活のありかたの見直し、公衆衛生全般の環境整備を含む地域レベルの生活改善といった様々なアプローチに基づき生活の向上を高める必要があります。その意味で我が国の保健所ネットワークは途上国のモデルとして活用できるのではないでしょうか。
 また、今回の研修テーマである学校保健もそうした数あるアプローチの一つと理解しています。学校教育における保健に取り組む事によって、子どもたちの健全な発育が可能な社会が増えることを希求します。
 
・ グローバルな協力の推進
 寄生虫対策の施策を立案・実施できる行政官、それを地域レベルで支える保健医療従事者、さらに寄生虫対策の科学的根拠となる調査研究を推進する研究者といった「行政、地域、研究の連携」が、行われ、さらにそれを政治のレベルからサポートする。こうした総合的な寄生虫対策体制が、このセンターを中心にグローバルな次元で構築されつつあります。
 
・ ネットワークの構築とITの活用
 この国際研修は「人と人のネットワーク」を構築する場でもあります。この研修を通じ、出席者各国の寄生虫対策だけではなく、寄生虫対策を地域の活性化にどのようにつなげていくか、出席した国々の間のネットワークを如何に形成していくか、等の問題に知恵を絞って頂ければよいと思います。
 また、21世紀の高度情報化時代には、ITを活用した活動も検討できるのではないでしょうか。「寄生虫」という共通課題に立ち向かっているアジアとアフリカは地理的に離れていますが、ITによってネットワークを構築すれば、点から線へ、線から面へと協力の次元を拡大できます。
 
・ 国際機関との連携
 更に、持続性のある寄生虫対策、感染症対策を行っていくためには国際機関と協調していくことが重要であります。そうした意味でこのセンターがWHO、UNICEF、東南アジア文部大臣機構熱帯医学地域センターといった国際機関との連携体制を確立することの意義は大きいです。
 
―最後に―
 日本の寄生虫対策には、我々諸先輩の努力により多大な成果を挙げたが、今から振り返れば、反省すべき点もある。病虫害対策のため、農薬を大量に使用した結果、地力の低下を招いたこと。そして、川の両岸をコンクリートで固め、住血吸虫を仲介する貝を死滅させたが、その結果、川の自然体系を破壊してしまったことである。本来なら、その時点でコンクリートをはがすべきではあったが、一度成功した政策を変更するのは難しかった。寄生虫対策を推進するにあたっては、環境面等他の政策とのリンケージを考慮して取り組んでいただきたく、我が国の成功だけでなく失敗からも学んで欲しい。」
 アジア、アフリカからお集まりの研修参加者が、今日から12週間、経験を共有し、共通の課題解決に向けて議論していくことに改めて多くの意義を感じます。
 日本の寄生虫対策は、全てが成功であったとはいえませんが、少なくとも国内の制圧に大きな成果をあげました。日本に寄生虫対策の専門家がいる間に、出来るだけ多くの知識を吸収できるよう、本研修を最大限活用して頂きたい。そのことで日本が国際貢献できれば、望外の幸せです。
 ご静聴ありがとうございました。
 
関連サイト WHO神戸センターへ

http://www.who.or.jp/Media_relationsj/wkcnews0002.html

http://www.who.or.jp/Media_relationsj/press10.html