第5回 アジア・アフリカ国際寄生虫対策
ワークショップ開講式
平成14年11月12日(火) グランドヒル市ヶ谷にて
 
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-初めに-

 アジア・アフリカの国々から、寄生虫対策に携わる行政官、研究者である皆様の参加を得て開催される第5回国際寄生虫対策ワークショップの開講式において、ご挨拶できることを光栄に思います。

 寄生虫疾患を含む感染症は、開発途上国の人々の健康を脅かす最大の問題となっております。年間約5億人の人々がマラリアに罹患し、200万人以上が死亡しております。土壌伝播寄生虫の感染者は35億人にもなると推定されています。
 世界に与える感染症の負の影響は、保健上の問題にとどまらず開発途上国の経済社会開発への努力を妨げる重大な阻害要因となっています。
2000年9月に開かれた国連ミレニアムサミットでは、途上国の貧困削減のために、8つの項目からなる「ミレニアム開発目標」が採択されました。この中の1項目に、マラリアなど感染症の蔓延防止が掲げられ、感染症対策が貧困削減の重要なアプローチとして認識されています。

 
-日本の経験-

 第二次世界大戦直後の日本は、多くの国民が生存ラインぎりぎりの貧困を経験しました。当時土壌伝播寄生虫の感染率は、国民の70%に及び、マラリア、フィラリア、住血吸虫症も局地的に発生しており、国民の健康に大きな影響を及ぼしていました。
 そのような困難の中で日本は、行政、寄生虫専門家および民間団体が一体となり、地域住民の積極的な参加の下、全国的な寄生虫対策を展開しました。
 
 具体的には、住民活動や学校保健等の地域活動を柱として、集団検査と駆虫が実施されました。
 その結果、経済発展とともに、我が国は大部分の寄生虫の制圧に成功し、国民の健康向上に大きく貢献しました。


-日本の経験を世界に、サミットでの提案-

 97年の先進国首脳会議であるデンヴァー・サミットに総理として参加した私は、寄生虫対策の重要性を指摘し、国際的な協力の必要性を強調しました。
 更に翌98年のバーミンガム・サミットで私は、国際寄生虫対策を効果的に推進するため、アジアとアフリカに「人造り」と「研究活動」のための拠点をつくること、そして、WHO及び先進8カ国とも協力して、このような拠点を含むネットワークを構築し、寄生虫対策の人材養成と情報交換等を向上させていくことを内容とする提案を行いました。この提案は、現在、橋本イニシアティブとして各国の協力を得て進められております。

 また、2000年7月の九州・沖縄サミットで日本政府は、「沖縄感染症対策イニシアティブ」を発表し、5年間に開発途上国での寄生虫を含む感染症対策に総額30億ドルを目途に援助することを表明しました。これら日本のイニシアティブは、世界エイズ・結核・マラリア対策基金が、本年1月に発足するに至る契機となったとも言われております。

 「橋本イニシアティブ」の活動について申し上げれば、日本政府は、タイ、ケニア、ガーナにそれぞれの国と共同して寄生虫対策の拠点としてのセンターを設置しました。タイはマヒドン大学熱帯医学部、ケニアはケニア中央医学研究所、ガーナは、ガーナ大学付属野口記念医学研究所に国際寄生虫対策センターができました。さらに、各拠点は自らの国での対策を進めると同時に、タイはインドシナ諸国、ケニアは東アフリカおよび南部アフリカ諸国、ガーナは西アフリカの国々の人材育成を行うという、広域的でユニークな活動が開始されております。
 そこでの活動の主眼は、人材育成を通じて、各国の状況に応じた効果的な寄生虫対策手法を考え実施すること、そして大事なことは、それぞれの国の経験を人的ネットワークおよび情報ネットワークを通じて共有し、より効果的な取り組みを進めるために、いわゆる南南協力を組み込んでいることであります。

 このような事業の進展を評価していただき、本年7月に、タイ国マヒドン大学より熱帯医学に関する名誉学位を、プーミポン国王の代理たるシリントン王女より授与されました。
 

-最後に-

 一方、水を介して感染する寄生虫も多く、効果的な寄生虫対策のためには安全な水の確保が重要です。来年3月、第3回世界水フォーラムが日本で開催されます。私は、この第3回世界水フォーラムの運営委員会会長及び組織委員会共同議長として、水問題での世界的な協力を推進しております。
寄生虫対策を推進するにあたっては、環境との調和や安全な水の確保などとのリンケージを考慮することが必要でしょう。

 日本の寄生虫対策は多大な成果を挙げましたが、今から振り返れば反省すべき点もあります。病害虫対策のため、農薬を大量に使用した結果、地力の低下を招いたこと、そして、川の両岸をコンクリートで固め、住血吸虫を仲介する貝を死滅させたが、その結果、川の自然体系を破壊してしまったことであります。
 したがって、我が国の成功例だけでなく失敗からも学んでいただきたいと思います。

 アジア、アフリカからお集まりの専門家の皆様がこのワークショップの中で、経験を共有し、効果的な寄生虫対策の創出に向けて努力されることに改めて多くの意義を感じます。 
 ご静聴ありがとうございました。