国際麻薬統制サミット2002開会演説
平成14年4月23日
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photo【冒頭挨拶】
 ご列席の皆様、
 世界各地から薬物に関心を有する多数の議員、政府関係者、専門家、国際機関の方々のご参加を得て、ここに主催者を代表して「国際麻薬統制サミット2002」の開催を宣言することを誇りに思います。まずは、全世界より遠路はるばるお越し頂きました皆様方を心より歓迎いたしたいと思います。また、本日の開催に至る一年以上の準備過程において尽力を頂いた共催者の国連薬物統制計画及び日本政府の関係者、また、我が同僚たる麻薬・覚せい剤乱用防止対策推進議員連盟の皆様に御礼を申し上げます。
 「国際麻薬統制サミット」は、今回もお越しいただいている欧州議会副議長であられたサー・ジャック氏をはじめとする、薬物問題に関心を有する欧州及び米国の有志の議員により、議員間の自由な意見交換の場として1998年に発足しました。私自身は、2000年2月にワシントンにおいて開催された三回目の国際麻薬統制サミットにアジアからの議員として初めて参加し、国際的な薬物問題に関する各国の議員の方々の熱心な討論に深い感銘を受けました。
 それを契機に、平穏な市民社会の根底を揺るがす薬物問題の脅威には、国会議員が一丸となって対応する必要があると考え、その後日本に超党派の麻薬対策議連を発足させました。そして、昨年のボリビア会合の際に、2002年のサミットを東京で開催するよう招請した次第です。
 発足以来、麻薬統制サミットの参加国数は大幅に拡大し、五つの大陸から出席者が集まる大規模な会議となりましたが、議会人が自由に意見交換をするフォーラムという会議の基本的な性格は変わりません。出席頂いている皆様におかれては、これから二日間の会合において、自由かつ活発な意見交換が行われることを期待しております。

【日本における薬物問題】
 我が国の薬物乱用の歴史を振り返りますと、薬物問題と国の隆盛は表裏一体であること、そして法制度の整備と国民の啓発が不可欠であることがよく理解できます
 日本人が最初に麻薬の脅威を感じたのは、十九世紀半ばに隣国で生じたあへん戦争でした。強大な清帝国があへんに端を発する戦争に敗れ、あへんが蔓延したのを見て、当時の日本人は愕然としたのです。その後、日本人は、欧米列強に追いつくことを目標に懸命に働き、第二次世界大戦までは一般市民は薬物に手を出しませんでした。ところが、戦後、日本人は歴史上初めて薬物乱用を経験することになります。覚せい剤です。
 実は、覚せい剤の原料となるエフェドリンは、1886年に日本の科学者が喘息の治療薬として発見し、メタンフェタミンはその二年後に日本で合成されたのです。そのような覚せい剤については、大衆薬として販売されるなど、その害悪の認識が十分でなかったこともあり、敗戦後の混乱で生活の目標を失っていた人々が覚せい剤に手を染めるようになり、乱用が急速に拡大したのです。
 このような状況を憂慮し、それまでの薬事法に基づく規制では不十分と考えた参議院厚生委員会の議員達の発議に基づき、1951年に覚せい剤取締法が制定されました。こうした覚せい剤撲滅運動により乱用はいったんは沈静化しましたが、ここに一つ問題がありました。覚せい剤事犯に対する刑罰がヘロインその他の麻薬に対する刑罰よりも著しく軽く、また、求刑や判決でも量刑が更に軽かったのです。このこともあり、暴力団と呼ばれる組織犯罪集団が、七十年代にはいると、資金源として、大量、安価に入手可能で膨大な利益を生む覚せい剤の組織的な密輸・密売に手を染めるようになりました。そして、乱用者が一般市民にまで広がり、また、乱用者による一般人を巻き込んだ凶悪な犯罪も発生しました。これを深刻に受け止めた議員のイニシアティブにより、営利事犯の最高刑を無期懲役とするなど覚せい剤事犯に対する刑罰をヘロインに対する刑罰と同等に強化する法改正を行いました。しかしながら、残念なことに、その後、覚せい剤事犯に対する求刑や判決における量刑は、必ずしも、法改正の趣旨に沿った重いものとはなりませんでした。このため、覚せい剤乱用を押さえ込むことができず、八十年代半ばには覚せい剤事犯による検挙者が二万四千人にも登りました。その後、覚せい剤事犯に対する求刑、判決が麻薬並みに厳しくなり、併せて、取締りの徹底、予防啓発教育といった対策を強力に打ち出し、民間による啓発活動もあいまって、乱用は、いったん減少傾向を示しました。このことは、我々に、薬物に対する厳しい法律を整備するだけでは不十分であり、その法律を厳正かつ適切に運用しなければ、薬物問題は解決できないことを教えてくれました。
 しかしながら、ここ数年、中・高校生等若年層の間での覚せい剤の乱用が増加するなど、現在の日本は「第三次覚せい剤乱用期」にあり、九九年の覚せい剤押収量はほぼ二トンに上りました。また、初犯者の占める割合が高いなど、確実に覚せい剤乱用のすそ野が広がっています。特に最近は、覚せい剤を「やせ薬」と思わされて罠にはまっていく女子高校生が増えています。子ども達は悪い子だから覚せい剤に手を染めるのではありません。知らないからなのです。無知ほど身を滅ぼすものはありません。これが日本での「ダメ。ゼッタイ。」運動の信念なのです。
 近年の薬物犯罪の大きな特色の一つとして、不法滞在者を含む外国人の犯罪集団が日本の暴力団と結託していることが挙げられます。また、プリペイド式の携帯電話を使った取引、インターネットのチャット・ボードによる取引等、ハイテク犯罪化しています。
 このように日本では覚せい剤が深刻な脅威となっていますが、日本で押収される覚せい剤のほとんどは密輸によるものです。密輸手口は益々巧妙化し、そのルートは多様化する傾向にあります。このような現状を打破するためには、関係する諸国との捜査協力の一層の充実が不可欠であると言えましょう。

【国際協力】
 私が首相を務めていた98年5月、我が国は、「薬物乱用防止五ヶ年戦略」を策定し、公表しました。この戦略は、国内での取締、啓発活動の強化のみならず、国際的な協力についても努力することを宣言しています。その主な内容は、(一)犯罪防止・取締についての技術協力、(二)麻薬代替作物への支援、(三)啓発・保健活動への支援、(四)国際機関への協力、の四点です。
 我が国の薬物対策に向けてのODAの特色としては、アジア地域重視であること、借款ではなく無償資金協力及び技術協力を実施していることがあげられ、代替作物支援、農業開発、薬物の乱用防止等の目的で、90年から2000年の十一年間の累計で計54億円の無償資金協力が行われています。また、アジアを中心とする覚せい剤の供給国・経由国に対して、専門家派遣やセミナーの開催を通じて取締技術、鑑定技術等の技術協力を実施しています。
 中でも、ミャンマーのコーカン地区での代替作物開発の支援には、日本として特に力を入れております。代替作物としてのソバ栽培を支援するため専門家を派遣し、また、民間団体が好意的な価格設定でこのソバを買い取り、現在、国内のそば屋に販売することにより、ミャンマー産のソバ粉から製麺されたソバを供しています。このような日本の市民の協力も得た代替作物支援は今後も検討するべき方策の一つであると思います。この他、換金性の高い蘭等の花卉植物や漢方薬の原料となる植物を栽培することも検討されています。
 国際機関を通じた国際協力として、我が国は、91年の国連薬物統制計画(UNDCP)設立以来、継続して任意拠出を行っており、その累計は4837万ドルに達しております。そしてその約半分が東南アジア諸国におけるプロジェクトのために拠出されています。日本の民間団体である「麻薬覚せい剤乱用防止センター」は、93年より高等学校、薬局関係者、一般市民等によるすそ野の広い募金活動によりUNDCPに寄付を続けており、累計370万ドルとなりました。先月には、本年の募金活動で活躍した七人の高校生がウィーンを訪れ、約20万ドルの寄付を行いました。

【今回のサミットの意義】
 御出席の皆様、
 今回の会合には、多くのアジアの国から高いレベルで参加をいただきました。そして、この会合が今回初めてアジアで開催されることを踏まえ、アジア諸国で近年益々脅威となっている覚せい剤をはじめとする合成薬物の問題に焦点を当て、生産から乱用に至るまで多面的に取り上げることにしたいと思います。また、私は内閣の一員であったため前回のボリビア会合には参加できなかったのですが、今次会合では、まず、ボリビアの代表の方から、前回の会合以降の中南米地域における薬物対策の進展についてお話をいただこうと考えております。
 昨年9月11日の痛ましい事件は、世界を揺るがしました。そして、麻薬の原料作物の栽培及び密輸がテロ組織の重要な資金源になっている現状が改めて認識されました。
 現在、アフガニスタンは新しい体制の下、復興に向けて力強く歩み始めています。アフガニスタンの復興を考える上で死活的に重要なことは、ケシ栽培に依存しない経済社会の復興であります。本日この会議には、アフガニスタンよりエラヒ麻薬管理高等弁務官にお越しいただいております。世界中から薬物対策について指導的立場にある立法府及び行政府の要人が集まっているこの機会に、ケシ栽培の撲滅に向けたアフガニスタンの力強い意思を表明していただければと思います。また、私としては、こうしたアフガニスタンの努力を国際社会が支援すること、特に、ケシの栽培に依存している農民が合法的かつ持続的な生活の糧を得ることができるように、代替作物支援等を行うことが重要であることを訴えたいと思います。日本は、UNDCPへの拠出等を通じて、今後ともアフガニスタン及び周辺国における麻薬対策に貢献していきたいと考えております。

photo【結語】
 近年の薬物問題の深刻化は、経済及び犯罪のグローバル化と深い関係があります。薬物問題に対処するためには、不正な生産の統制のみならず、密輸の取締、犯罪組織の摘発等の供給削減、及び末端乱用者対策を含めた需要削減が不可欠であり、そのどちらが欠けても効果的な薬物対策にはなりません。
 その意味で、このように薬物の生産や乱用等の問題を抱える世界各地の国々から薬物対策における政策決定に携わる指導者が集まり、現状と解決策を自由かつ率直に話し合うフォーラムは、極めて貴重であると考えます。
 薬物問題は、二十一世紀に人類が一丸となって取り組むべき地球的規模の課題の一つです。このような認識のもと、本サミットにおいて実りある議論が行われることを期待しつつ、開会の挨拶とさせていただきます。
 ご清聴ありがとうございました。


(了)