「ヨハネスブルグ・サミット第2回準備会合
サイドイベント基調講演」
New York [ Millennium Hotel NY UN Plaza] にて
平成14年2月5日
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 本日のサイドイベントを共催いただいているマーガレット・キャトレイ・カールソン世界水パートナーシップ総裁、ウイリアム・コスグローブ世界水会議副会長、ゴーリサンスカー・ゴーシュ世界水道・衛生協調会議事務局長、ヴァネッサ・トビン・ユニセフ水担当課長をはじめ、水問題の解決に熱心に取り組んでおられる方々に本日は多数ご参加を頂き心から感謝申し上げます。
 本日の会合、ヨハネスブルグサミット(持続可能な開発のための世界サミット)に向けての第2回準備会合は水の大切さを訴える大変良い機会と考え、この機会に水を考えるサイドイベントを開催することは、第3回世界水フォーラム運営委員会会長としての大変重要な責務と考え、今回ニューヨークに参りました。

 歴史的に長い間、水はつきることのない資源であるとみなされてきました。確かに地球上には無限といってよい量の水があります。しかし、私たち人間が容易に利用できる水は、湖、川等の表流水、あるいは地下帯水層の水というように限られており、その量は地球上の水全体の1パーセントにも達しません。近年の急激な人口増加と経済発展は、水の集中的な利用を、場合によっては乱用とさえ言われる程までにも加速させています。この結果、利用可能な水と水需要のバランスが大きく崩れつつあります。そしてこの利用可能な水量と水需要量の不均衡は、単に量的な問題ばかりではなく、世界の多くの場所で水質汚濁、水資源の劣化など深刻な水質の問題をも引き起こしており、まさに、"水の危機"と呼ばれるのも故なしとしません。2025年までには、2000年の6.5倍にも当たる、約35億人の人々が水ストレスの深刻な地域に居住すると予測されています。また現状でも、少なくとも11億人の人々が安全な飲料水へのアクセスを持てず、適切な衛生設備に恵まれていない人々は25億人にも達しており、このため水問題に起因する死者が年間で500万人〜1,000万人に達するものと推定されています。そして何より大事なことは、この大多数の人達が開発途上国に居住しているという現実です。まさに、水問題は貧困問題に直結する課題であります。

 私はちょうど先月の半ばにネパールを訪問してきました。ネパールは大変美しい自然とハートナイスな人々の国ですが、最も貧しい国でもあります。日本も支援をしていますが、貧しいがゆえに、いろんなテーマが先行し、なかなか水が最重要なテーマとしてあがってきません。
 水に関する問題として、いくつかの例をあげてみますと、雨季と乾季の差のある国であり、ヒマラヤの雪解け水が雨季になると大変な量として流れてくるため、この水をどう被害を出さずに下流に流すか大きな問題であります。

 現在、日本の砂防・治山に係る技術協力を始めて10年になります。下流のバングラデシュを洪水から救おうとすると、上流のネパールの水を上手く制御しなくてはなりません。同時に、上流の治水をうまく実施することによって、下流を守ることができます。
 また、あまりにも冷たいヒマラヤの氷河の水です。この国では長い間、魚の養殖にチャレンジしてきてきましたが、ようやくヒメマスだけ、養殖が軌道にのってきつつあり、また、同時に治水の技術移転も少し軌道に乗ってきたところであります。
 ところが、この水はもう一つの問題を抱えています。この水は、下水道施設が完備していないため、雨期において、大量の下痢等を引き起こし、高い乳幼児死亡率の原因でもあります。
 私自身、1984年より、小児医療の協力に携わってきました。20世紀中にネパールの乳幼児死亡率を1000人中、3桁から2桁に落とすことを目標でありましたが、残念ながら2桁に落とすことができませんでした。しかしながら、もし、ここで安全な水を供給することができれば、間違いなく乳幼児死亡率を2桁に落とすことができます。これは一つの例です。
 このような状況から、20世紀の終わりから、「水問題が大切」とのメッセージや警鐘は、いたるところで聞かれるようになりました。21世紀は、水需要が逼迫することが確実視されており、水によって紛争が引き起こされるという予測もあります。まさに「21世紀は水の世紀」といわれるのも過言ではありません。しかし私は「水の世紀」という言葉を、"水の紛争の世紀"と言うことではなく、水が人の手で次々に受け渡されるように、「循環できる資源」であるという特色に思いを至し、水を通じた地域の融和、更に言えば「人類が水を通じて融和に向かう世紀」という意味で使いたいと思います。
 我々、本当に水について希望はないのでしょうか、私はそうは思いません。例えば、日本の例ですが、第2次世界大戦後、国土の大半が焼け野原でした。そして、住宅の建設や、燃料のために、伐採を進めました。その結果、山の広葉樹の伐採が進み、後の利用が楽なことから、杉、檜などの針葉樹の植林を行ったため、後に大きな問題へとつながることになりました。広葉樹は針葉樹と違い、土の中に張っていく根がどれだけの水を蓄えるか、その上に落ち葉が蓄える水の量は、針葉樹とは全く異なるのです。そして、昔のように、広葉樹の落葉による肥沃な栄養分が川、そして沿岸に運ばれなくなり、沿岸漁業にもかげりが出てきました。
 しかし、最近、沿岸漁民が上流にもう一度、広葉樹を植えようとの運動を開始しました。漁民が木を植え始めたのです。つまり彼らは、川の栄養分を昔のように取り戻すため、下流の漁民が上流の植林活動を行いだしたのです。しかし、このような動き、人類の英知といっても過言ではないかもしれません、こうしたものが存在することで、地域の融和が図られ、同時に上下流の一体性が図られる、「水の世紀」の希望は存在する、私は固く信じております。
 ともあれ水が二十一世紀の最も重要な問題の一つであることには、何の疑いもありません。にもかかわらず、この認識に立った積極的な行動が取られているかとなるとまだまだ不十分といわざるを得ません。

 例えば、地球サミットアジェンダ二一の第十八章「淡水資源の質と供給の保護」に関する5年後の評価では、「不十分で安全でない水供給は、全世界の貧困層の病気と不安定な食糧供給の問題を悪化させている。自然生息環境や山地生態系を含む脆弱な生態系の状況は世界の全ての地域で悪化し続けており、生物の多様性を減少させている。地球規模では、再生可能な資源、特に淡水において、再生可能な割合を超えて利用され続けており、管理が改善されることがなければ、明らかに持続可能な状態ではない。」と記されおり、水を巡る問題は決して解決に向かっているとは言えない現状にあります。

 趣味のヒマラヤでの山登りの経験を通じて、否応無しに感じていることがあります。それは、地球温暖化によってヒマラヤの氷河がだんだん小さくなっているということです。ネパール側でのエベレスト登山を例にとれば私自身の2回の挑戦に際し、5,350メートル地点のベースキャンプからのグンブ氷河におけるルート開設工作ですが、73年の登山では、このアイスフォールを越えるのに1ヶ月あまり要したものが、88年の登山では1週間ですみました。それだけ氷河が縮んでしまっているのです。
 その結果、予想もしていなかったことが起きています。私を含め、過去の登山隊は、ゴミの処理として、雪の下にゴミを埋めてきただけでしたが、温暖化の結果として、氷が溶けだし、きちんと処理していない過去の登山隊のゴミがでてきてしまいました。そして、そのゴミは上流の水源の部分に位置するため、将来、このゴミが腐食するなどにより、下流に汚い水を流すということに対し、登山家として戦々恐々としています。現在、日本を含む各国の登山家ボランティアが、ゴミの収集を開始したところであり、少し希望が見えつつあります。こういう問題がヒマラヤで起きています。

 貧困問題の解決には、持続可能な開発を確保することが肝要であり、持続可能な開発の鍵となるものは何なのか、破壊するものは何なのか、考えなければなりません。そして、この中で水問題というのは、大切な焦点のひとつとして考えています。このためには何といっても先ずヨハネスブルグサミットにおいて、水問題を最重要テーマとして取り上げることが緊喫の課題であると考えます。

 このような観点に立ちつつ、水問題についてどのような行動やメッセージが発信されてきたのか、少し触れてみたいと思います。
 まず国連ですが、先の「ミレニアム宣言」で、2015年までに安全な飲み水にアクセスできない人の数を半減することをその目標に掲げています。今後地球上に増加する新たな人々が発展途上国の大都市圏に集中することを考えると、この目標だけですら、その実現のためには、血のにじむような努力が求められるのではないでしょうか。

 ドイツにおいては、ヨハネスブルグサミットに向けた水分野における取り組みのモメンタムとするため、国際淡水会議が「水〜持続可能な開発の鍵」をテーマに2001年12月にドイツ政府によって開催されました。
 この会議では、「ガバナンス」、「資金移動」及び「能力開発」の3つの主要課題に係る優先的な行動分野についての勧告が出され、気候変動や貿易、財政などの国際条約や会議等との整合性をとりつつ、全ての国家が「2005年までに水資源管理計画の策定に着手すべきである」との目標を掲げました。また、国連のミレニアム宣言の目標を再確認するとともに、水に関する資金については、国際的、地域的な財政資源を含むあらゆる資源が増加されるべきであるとされています。

 また、この1月、バンコクにおいて「アジア太平洋環境開発フォーラム」が開催され、議長をつとめて参りました。この会議においては、「アジア太平洋地域における持続可能な開発のための水」を主要テーマに位置づけると共に、水が、地球上の全ての生き物の生命を維持している貴重な資源であり、持続可能な開発の鍵を握ると共に、社会的・経済的発展にとっても必須のものであるとの議論が活発に展開されました。

 この結果、淡水資源は、持続可能な発展を実現していく上で、最も重要な柱であるとの認識を参加者間で共有することが出来、また、国際水域の水問題に対しては、全ての関係国の協力が不可欠であり、水を巡る紛争を解決するにあたり、上流・下流を含めた総合的な視野が必要などの5つの有意義な指摘がなされました。そして、これらの諸点は、ヨハネスブルグサミットに提言するだけでなく、2003年に開催する第3回世界水フォーラムでの議論にも反映させることが確認されたところであります。

 淡水資源は幅広く利用されるとともに、多くの活動の影響を受けることから多角的、相互的な取り組みが必要であります。そのためには、関係する全てのステークホルダーの参加が必要だということになります。そして、社会、経済、政治、文化的な側面をも考慮した水問題への対応が必要であります。また、水の価格付けに関しては、経済財としてだけでなく、社会的、環境的な価値を考慮すると共に、どうすれば貧しい人々にとっても公平な負担と言える仕組みを作るのか、これが今、大きな問題の一つでもあります。

 また、上流下流という問題の例として、さらに一つ挙げさせて頂きます。
 先月東京で開催されたアフガンニスタン復興支援会議は、世界中の注目を集めました。この会議へ私が持ちこんだものは、実は、アフガニスタンの復興とアラル海の問題をリンクさせなければならないということでした。
 アフガニスタンの35%の地域から流れる水は、そのまま、トルクメニスタン、ウズベキスタンを通じてアラル海へ流入します。アラル海の現状については改めて説明する必要はありませんが、下の半分は対策が難しく、上の半分をどうやったら生かすことができるのかというのが大きな課題です。そして、アフガニスタンとタジキスタンの雪解け水がアラル海に注いでおり、水源となっています。面積的には、アラル海が受け入れている水の1/5はアフガニスタンからということになります。
 ところが、これまで、アフガニスタンでは混乱状態の中で、水資源の管理が有効に行われておらず、ほとんどこれらの水は有効にこれまで使われておらず、下流国はこれを農業等に利用してきたわけです。しかし、これから復興を行っていく中で、アフガニスタンの産業をたてなおさなければなりません。その中心が農業です。
 そして、この復興を考えていく中で、下流国のことを考えずにアフガニスタンが自国の農業のためにその水を農業に使ってしまった場合、トルクメニスタン、ウズベキスタンの農業等、下流の水使用へきわめて大きな影響を与え、そしてアラル海は更に縮小します。これは間違いなく、アラル海沿岸地域に水紛争、食糧危機をもたらします。そして、アフガニスタンにおける水資源管理を適切に行い、そして下流域の水を確保しながら、これを復興のために役立てていくことが極めて重要であります。
 アフガニスタン復興支援の中には、流域一帯となった水資源管理を行い、地域の持続可能な開発を行っていくことについては、いくら必要性を強調しても強調しすぎることはなく、水を復興における最重要課題に位置づけることが絶対に必要なことと信じています。しかも現在、アラル海沿岸国会議には、その上流国であるアフガニスタンとタジキスタンが入っていないため、この機会に、上流下流の一体的な水資源管理というものをアフガニスタンの復興計画に位置付けていかなければならないと考えております。

 このように、ヨハネスブルグサミットに向け、アフガン復興支援会議、国連、世界の各地で開催される国際的な会議等において、水資源問題が最重要課題であるとの認識に基づく議論が展開されております。
 ヨハネスブルグサミットで適切な評価を受けるためには、水問題の重要性が世界の人達の共通の認識になるよう、より一層実効のある行動を興すことが重要であると考えています。

 このためには、この第2回準備会合において水問題の重要性が水に関わる分野以外の人達にもより広く、深く理解されることが肝要です。又、次回の第3回準備会合では、アジェンダ21のレビューと評価、今後の行動についての結論と勧告を含む文書の合意及びヨハネスブルグサミットの仮議題及び主要テーマ等が議論されると聞いております。その意味でもこの第2回準備会合こそが最重要と考え、本日、皆さんにお集まりいただいた次第であります。

 持続可能な開発を考えるのなら、これに対する答えを出さなければなりません。人々のための水、農業の水、工業の水それぞれに非常に大切ですし、特にこれから増える人口は都市に集中することを考えると、ここに一つの答えを見出さなければなりません。
 例えば、東京には、日本の全人口の10%が集中する巨大都市となっています。そして、その結果、東京エリアの中で上水水源を得るということは、とっくの昔に無理になりました。周辺の各県に依存して、水源を分けてもらってきました。依然として、水は不足がちで、過去には水道水の水源として使わなかった水さえ使わなければならなくなりました。結果として、高度浄水処理を普及させなければならなくなり、安全な水のコストは上昇しました。それだけにとどまらず、例えばトリハロメタンの問題など、住民に恐怖を与える問題なども出てきました。
 地元の岡山でも大規模な上下水道の建設がある程度普及した後は、それほど進んでいなかったのですが、ここしばらくの間は、特に下水道については非常に大きな更新が進んできました。しかしこれは、住民に対して大きな負担を課すことになりました。今、その大きな施設の建設にこだわることをやめ、そのカバーできない部分を、上水の場合は簡易水道、下水道の部分については合併処理浄化槽、こうしたことを答えとして用意しました。結果として、住民の負担については、少なくとも、上昇にブレーキをかけることができました。
 これから、水の問題を考えるときに、こういったできるだけコストのかからない手法を考えるべきだと思っております。農村部に適用できる小規模な施設、技術を普及させることが出来れば、大規模な投資にたよらないで安全な水を供給できる。少なくともその可能性は大きくなります。

 また、持続可能な水資源を確保するインフラ開発のためには、新しい資金メカニズムの確立は避けては通れません。世界水ビジョンでは、水関係インフラ整備に必要な額は毎年1800億ドルにも及ぶと明示はされているものの、これを実現する資金メカニズムについては、未だ提示されてはいないようです。この意味で、まさに今、動き出そうとしている世界水会議及び世界水パートナーシップ等による「水資源インフラへの資金導入パネル」に対して、大きな期待を寄せているところであります。

 今日、これに続くブレーン・ストーミング・セッションでは、ヨハネスブルグサミットにおいて水問題を最重要テーマの一つとして位置づけるために、持続可能な開発にとって不可欠な水の問題とは何か、水社会としてヨハネスブルグサミットに向けて何を発信するのかを議論していただき、取りまとめていただきたいと考えております。積極的で活発な意見交換をお願いいたします。

 また、本日のブレーン・ストーミング・セッションの結果については、第3回世界水フォーラム事務局のヴァーチャル・ウォーター・フォーラムで取り上げ、世界へ発信したいと考えております。

 最後となりましたが、会議開催に協力いただきました世界水会議、世界水パートナーシップ、ユニセフ及び世界水道・衛生協調会議に心からお礼を申し上げ、また、水問題をヨハネスブルグサミットの最重要課題とするための「ダイナミズムの源」を、本日のブレーストーミングで見出して頂けるならば、今日の深刻な水問題を克服し、より素晴らしい21世紀の地球を世界の子供たちのために残せるはずだ、私はそう信じてやみません。
 ご静聴有り難うございました。