『日経ビジネス』2001年12月17日号
「橋本龍太郎元総理インタビュー」
橋本龍太郎・元首相インタビュー
小泉さん、“骨太”を誤るな
平成14年1月10日
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特殊法人改革、医療制度改革など、小泉純一郎首相が進める構造改革がいよいよ像を結び始めた12月。橋本龍太郎・元首相が改革の危うさを初めてメディアで世に問うた。「もう黙ってはいられない」とばかりに、90分にわたって改革の死角を激白した。
 小泉純一郎さんが総理に就任して改革がスタートした時、私は支持を約束していました。殊に行政改革の分野については、小泉さん自身から「龍ちゃん、助けてよ」とご相談をいただきました。「郵政民営化を除けば、お互い意見はあまり違わないからな」と、2人で笑いながら仕事をしてきました。
 しかし、今はっきりした食い違いが出ています。それは、(米同時多発テロが発生した)9月11日、それからの時間をどう使ったのか、の違いから生まれるものかもしれません。


倒産は改革の証拠ではない
 私は事件後、バンコク、ロサンゼルス、メキシコシティー、ハバナ、ロンドン、カイロ、ドバイ、アブダビ、シンガポール、香港を訪れました。中東歴訪時には、日本がテロに狙われる国の上位にランクされるとの評価を受けていたことに驚かされもしました。日本が1993年以降、パレスチナに6億1000万ドル超にも及ぶ資金援助を実施していながら、その事実が全く知られていなかったんです。
 さらに、諸外国でいろいろな人たちと話し合って痛切に感じたのは「世界が質的にも量的にも非常に動いている」ということです。その中で、今まで進めてきた構造改革について、改革の基本線を変える必要はないけれど、スピードの調節が必要ではないのか。あるいは、状況の判断を踏まえたうえで、9月10日まで考えていたことがその通りでいいのかを見直す必要が出ているのではないか。こういうことを私は今痛感しています。ここが小泉さんと違ってしまいました。
 準大手クラスの建設会社が倒れた時、私は雇用、さらに取引先がどこまで被害を受けるか心配しました。倒産が「改革が進んでいる証拠」とは思えません。危うさを感じたら注意するのが周りの役割です。しかし、注意をメディアは「抵抗」と書きます。
 景気への配慮は欠かせません。一方で、来年度の国債発行枠30兆円という言葉を小泉さんは国際的な立場で発言しておられる。やはりこれ自体は重く受け止めねばなりません。公約が守られないことが国債格下げの原因とされるようでは困ります。
 しかし本当にそれ(30兆円枠の堅持)だけでいいのかという不安もある。だから私は景気の悪化に対抗するため、政府系金融機関など使える武器は皆使いたい。
 日本の金融機関が本来の役割を果たそうとすれば、不良債権処理を急ぐ必要があります。これは誰も疑いません。僕は、首相だった当時、それぞれの金融機関のトップが自行の不良債権をつかんでいたのか、改めて聞いてみたい。政府がつかんでいた数字をベースにしてモノを動かしていくと、不良債権額の数字は二転三転どころか五転六転七転して額が増えていきました。
 不良債権処理は確かに早く終わらせなければならない。しかし、それを市中から見れば、貸し渋り、貸しはがしとは言わないけれども、金融機関は選別融資を今まで以上に厳格にすることになります。金融がきちんとしていれば存在に問題がない企業まで、倒産に追い込む可能性がある。だからこそ9月11日以降、政府系金融機関の役割は大きくなったと考えています。
 既に今年4月から政府系金融機関の役割は変わっています。郵貯・年金資金の財政投融資預け入れがなくなりました。言い換えれば、資金運用部資金の原資に限界が生じたということになります。資金調達のためには財投機関債を発行しなければならなくなりました。しかし、財投機関債を発行できたのは(金融では)、国際協力銀行と日本政策投資銀行だけじゃないですか。
 商工組合中央金庫は、政府が4000億円しか出資していないにもかかわらず、相当高い格付けを与えられて市中から資金調達していました。それが資金繰りに苦しみ始めています。民営化だとか廃止だとか、出資を引き揚げられるとか言われた結果、風評被害があり、調達金利が上昇し始めたのです。これは商工中金に依存している中小・零細企業の生死に関わります。
 ですから9月11日以降、「政策金融機関をおもちゃにするな」と強く言っているのです。今、廃止だとか民営化、あるいは統合だとか言う時期ではありません。安定させて業務をやらせると言いきって、安心して仕事に専念させるべきと本当に思っています。しかし、こうした意見も評判が悪い。
 商工中金から4000億円引き揚げて信用を失わせ、格付けを下げ調達金利を上げて、何か国民にプラスはあるんですか。行政改革はプラスを生むためにやっているのです。そうした価値判断がずれてきたとしか思えません。
 格付け会社が日本国債を一斉に格下げし、しかも弱含んでいます。財投機関債を出しにくくする政策は間違っていると思います。構造改革をスローダウンしろとは言わないが、できるだけ救える者を救うことを考えて改革をやりたい。救える者はできるだけ救いたい。そのためには、民間金融機関の限界を政府系金融機関の融資や信用補完で補うのも手です。
 経済財政諮問会議は、打ち出す政策を「骨太」と言います。しかし、もっと本当に骨太の政策を言ってほしいものです。例えば、国際的に日本の空港使用料とアジア周辺各国の着陸料と比して同等になるようにもっていけと言われれば我々は工夫する。乱暴な例だけど、乱暴であることを承知で言わせていただければ、こういうのがむしろ骨太ではないでしょうか。
 あるいは、民事再生法についてもそうです。これから再生法が運用されていくと法廷が忙しくなる。法廷でつかえた場合、誰が責任を取るのでしょうか。司法制度改革なんて大上段に振りかぶるより、対応できる弁護士を増やす必要がある。こういうことを考えるのを骨太と言うのではないですか。本来横に連携しなければならない政策が、他とリンケージせずに単品のまま議論されすぎています。
 単品で政策を議論することが重要でないとは言いません。しかし、経済財政諮問会議にお願いしたかった僕自身の気持ちは、違います。再生法ができた。受け皿としての法廷が大事だよ。その場合、弁護士の数が足りているか。補助的な業務にどれだけの人間が必要なのか。こう横に政策を広げることを期待していました。
 政策のリンケージを以前はパッケージという言い方をしていました。しかし、これではパッケージに入れる入れないという議論になってしまいます。だからこのごろはリンケージに変えました。諮問会議がリンケージの核になっていただきたいと願っています。
 経済財政諮問会議にはもう1つ問題がある。定員に縛られ必要な専門家が揃わないことです。誰が定員10人と決めたのかは知りません。僕は、定員10人なんて決めた覚えはありません。
 医療保険や年金の改革ががたがたするのは、厚生労働大臣が経済財政諮問会議のメンバーに入っていないことも原因の1つでしょう。たとえ厚生労働大臣でなくとも、社会保障経済の専門家が入っていればいいでしょう。しかし、そういう意見は「人数が決まっていますので」という理屈で排除されてしまいました。これでは経済財政諮問会議から骨太な政策は出てきません。
 特殊法人で言えば、先に挙げた政府系金融機関と並び、研究開発系機関については別の議論にすべきです。宇宙や原子力などの分野は、我々政治家のような素人には分からない。総合科学技術会議で、このような技術の問題を国策としてどう位置づけるのか、特殊法人という組織が研究にプラスになるのかマイナスになるのか。学者の議員の方々にきちんと意見を聞いてその通りにすればよい。それが、「あれとこれは同じ」とか「似ている」などといって、統廃合論に終始している。
 石油公団についても、廃止することが大変大事なことのように言われた。公団に問題がなかったかと言えば、あったと思います。堀内(光雄・自民党総務会長)さんが指摘した以外もあったかもしれない。ただ(油田開発という)リスクマネーを供給する際、公団の技術能力や蓄積が、日本に本当に必要ないのか。私は必要だと思います。
 昨年の11月、サウジアラビアで石油産出国と消費国との対話が持たれ、私は日本政府代表を務めました。来年は9月に大阪で開催する予定ですが、エネルギーを巡る議論は一層厳しくなるでしょう。今、アラビア石油がクウェートで2003年1月以降の新契約について必死の交渉をしている。イランは、新油田の優先交渉権を付与しています。あの中に、石油公団が相手側の脳裏にあったことを皆が忘れているようです。例えばクウェートはアラビア石油に対し、引き続き公団の技術集積にアクセスできるのかと念を押しています。国策として、石油メジャーに対抗して日本で努力しようとすれば、公団は武器なんです。
 だから、悪いところがあれば直せばよい。備蓄について問題があれば直せばよい。だからといって業務をやめてしまうことは別です。業務をやめることにはならなかったのでほっとしています。ただ、そのプロセスに対し、違った角度から意見を言うのにプレッシャーを感じた。産油国・消費国対話に政府代表として出席し、なぜサウジアラビアとアラビア石油の利権交渉が失敗したのか、掘り下げてみて、そのうえでこうして説明しないと耳を傾けてくれない。つらいですね。


日本海側にも国土軸が欲しい
 特殊法人改革というと、天下の一大事かのように道路の問題が取り沙汰されていた時期があった。私が抵抗勢力の代表とされていたようですが、私は道路で発言したことはありません。必要なものは造るし、いらないものはやめればよい、それだけのことです。国がひっくり返る話ではありません。
 (行革断行評議会メンバーの)猪瀬(直樹)氏には「よくアマチュアのあなたがここまでやりましたね」と敬意を表しましたが、私と彼の考えが違う一番の理由は、私は(1995年の)阪神・淡路大震災を通産大臣で経験したんですね。震災での物流の被害は甚大だった。影響は7カ月も続きました。その時、国土軸が太平洋側だけにあることの危うさを痛感した。日本海側にもう1本、国土軸が欲しい。道路や鉄道、内航海運をどう組み合わせればよいかは分かりません。しかし、日本海側の国土軸を作るべきと、本気で言い続けてきた。その構想が全く不可能となる猪瀬氏の案には賛成できない。
 私と小泉さんの考えの違いがさらに大きいのが医療制度改革です。私は10年近く言い続けていますが、医療保険を根本から変えるには、基礎的な部分を置き去りにしてはならない。それは、診療報酬体系そのものです。薬価差益も問題ですが、つまり、施設や設備、さらに薬などに支払う費用と、医師そのものの技術に支払う費用を分けなければならない、ということです。今は分かれていませんが、これが分離されると表に出ていない経費が明らかにされるでしょう。
 政府が抜本的な医療保険制度改革と言った時、私は当然、この問題に取り組むと思っていた。しかし、蓋を開ければ保険財政からの議論だけだった。
 サラリーマンの方々は、給与明細を見てください。所得税額よりも、保険料額の方が大きいのではありませんか。私は3年前の参院選で負けました。保険料の話を問題にしようとしましたが、減税の声に押されて失敗しました。来年度の予算編成に際し、診療報酬制度の改革にいつから着手するのかを明確に打ち出すべきです。そのうえで、それまで保険財政はもたないのでこれだけ負担する必要があるということを、国民にはっきり言うべきです。


(聞き手は廣松 隆志、佐久間 庄一)


9月11日を境に食い違い。
政府系金融機関をうまく使い
救える者は救える改革が必要

政策は横の連携こそ重要。
石油公団は国策の大きな武器
業務をやめる必要などない


橋本 龍太郎(はしもと・りゅうたろう)氏
1937年東京都生まれ。60年慶応義塾大学法学部卒業。父龍伍氏の急死を受け、63年衆院選に出馬、当選。96年1月村山富市首相の辞任を受け82代首相に。橋本6大改革に取り組むも、98年7月参院選敗北の責任を取って辞任。2001年4月小泉純一郎首相と自民党総裁選を争った。


 抵抗勢力――。小泉首相が進める構造改革に異を唱える政治家には、こんなレッテルが張られる。橋本龍太郎・元首相もまた「注意すればメディアに抵抗と書かれ」(橋本氏)、改革抵抗勢力の代表格とされてきた。
 一方で、橋本氏は1996年から98年までの首相在任中に、行政改革、財政構造改革、経済構造改革など6大改革に取り組んだ“元祖”改革派だ。当初、世論は橋本改革を支持した。しかし、消費税率引き上げや特別減税の廃止などから景気は落ち込み、北海道拓殖銀行、山一証券などが相次いで破綻。最後には98年7月の参院選で惨敗、世論から橋本改革に「ノー」を突きつけられた形で退陣した。
 時代は巡り、小泉首相は橋本政権時代をしのぐほど矢継ぎ早に改革を打ち出す。日本道路公団や住宅金融公庫など特殊法人改革、患者の負担増を招く医療制度改革、国債発行枠30兆円を堅持する財政改革、金融機関の不良債権処理…。いずれも、国民に痛みを強いる政策だ。それでも小泉内閣の支持率は依然として70%を超える。
 橋本政権時代とは正反対の国民の反応を、橋本氏は「小泉さんが私より優秀ということ」としか言わない。国民が改革の痛みに覚悟を決めたためでもあるだろう。高い支持を背景に小泉首相の構造改革は、いよいよ加速する。
 橋本氏が今回初めてメディアで小泉構造改革に対し政策面から批判した理由は、橋本氏の危機感だ。テロが発生した9月11日の持つ意味を橋本氏は深刻にとらえる。テロ後、世界景気は急速に冷え込み、日本経済も低迷に拍車がかかった。改革の見直しをしないままでは日本経済の悪化を防ぐ手立てが限られてしまう、と橋本氏は懸念する。不良債権問題の深刻さを看過したために、志半ばでの退場を余儀なくされた自らの二の舞いを演じてほしくない、そんな気持ちがあるに違いない。
 さらに、経済にとどまらず世界の枠組みがテロを機に大きく変化する中で日本の外交が取り残されはしないか、テロ後にアジア、欧州などを歴訪し、各地の首脳やメディアと接したことが、一段と危機感を深めた。
 政策通とされる橋本氏は、小泉氏が進める改革の基本線を否定はしない。また、「手法の違いは本質ではない」と、あくまで政策論での批判を展開した。9月11日をどう総括するか、小泉改革の中では必ずしも解決されていない点を提起した橋本氏の主張は、2002年1月に始まる通常国会でも焦点となる可能性は高い。



『日経ビジネス』2001年12月17日号P6-P9から転載