橋本元総理スエズ運河架橋完成式典スピーチ

平成13年10月9日

ムバラク大統領閣下
ドメイリ運輸大臣閣下
ご列席の皆様

 本日は、ムバラク大統領と共に、日本とエジプトの友好の歴史に残るスエズ運河架橋の完成を、日本国代表としてお祝いできる機会を得ましたことを大変光栄に思います。このプロジェクトに対する無償資金協力については、九五年のムバラク大統領の国賓訪日の際の要請を受け、私自身が内閣総理大臣の職にあった九七年に閣議決定を行ったものであり、私にとっても思い出深いプロジェクトであります。

 本日、スエズ運河架橋の壮大かつ美しい姿を拝見し、大変感銘を受けました。これこそ、アジア大陸とアフリカ大陸の人と文明を結ぶに相応しい架け橋と言えましょう。私はこの歴史的なプロジェクトに関わった全てのエジプト人と日本人の努力を称えたいと思います。特に今回の大工事は、工事に携わった方々のチーム・ワークが非常に良く、殆ど事故もなく行われたと聞いており、喜びもひとしおです。

 地中海と紅海を結ぶという構想は四〇〇〇年前のファラオの時代からあり、一八六九年になって、「西洋と東洋の結婚式」といわれてスエズ運河が開通したわけですが、実はこのスエズ運河と我が国とは古い関係があります。一八六二年、私の大学の創設者であり、現在の日本で最高額紙幣である一万円札にも肖像画が印刷されている福沢諭吉は、徳川幕府の遣欧団の一員としてヨーロッパに派遣される途中、スエズに足を踏み入れ、カイロとアレキサンドリアを訪れています。これは記録上最も古い日本人のエジプト訪問です。また、一八七三年明治新政府が派遣した岩倉遣欧団は、日本人として初めてスエズ運河を通過したとの記録を残しています。かって新たに世界に飛躍しようとしていた日本からの使節団が、今仮に日本の橋梁技術を活かした世界最高の七十メートルの桁下を持つスエズ運河架橋が架かっているのを見ることができれば、彼らの感動は如何ばかりでしょう。

 この架橋は橋の中央部分を我が国が、東西部分をエジプトが担当し、まさに我が国とエジプトの共同作業の成果です。橋の中央部分には両国の国旗が描かれた大きな銘板がかけられており、スエズ運河を通航する年間一万四千隻、総トンでは四億四千万トンに及ぶ船舶がこの橋の下を通航する度に、日本とエジプトとの大変良好な関係を知ることになります。この橋が末永くこうした関係を象徴し続けることを祈念しています。

 こうした日本とエジプトの偉大な歴史的共同作業の完成にあたり、私は先月米国で発生したテロ事件について触れざるを得ません。このテロは極めて卑劣かつ言語道断の暴挙であり、人々の安寧な生活はもとより、平和と法の支配を基盤とすべき、国際社会全体への重大な破壊行為であります。また、こうした暴力により、人間の生きる権利や移動の自由を剥奪してしまうやり方は、エジプトや我が国が営々として築き上げてきた文明総体に対する敵対行為であります。私はこの式典に先立ちムバラク大統領と会談して国際社会はテロリズムに対して断固たる立場をとるべきとの見解で一致しました。我が国は伝統的に文化の多様性こそが人類の活力の源であると信じて、イスラム世界との文明対話の推進を外交政策の一つとして重点的に行っています。従って、テロリズムがイスラムの教義とは真っ向から反することをよく理解しています。

 スエズ運河地帯は戦略的要衝であるが故に、これまで様々な戦火に巻き込まれてきました。この地域が平和になったのは、エジプトが英断をもってアラブとして初めて七九年にイスラエルとの平和条約を結んで以来です。九一年に始まった中東和平プロセスは、昨年九月に発生したイスラエルとパレスチナ人との衝突によって、残念ながら危機に直面していますが、その中でもエジプトが和平の先駆者として、プロセス推進のために非常に重要かつ建設的な役割を果たしていることを高く評価しています。私は、そのためのムバラク大統領の卓越した指導力にここで改めて敬意を表しますと共に、一日も早く中東全体に平和が訪れることを祈念して、ご挨拶とさせていただきます。

(了)