高齢化世界会議東京会合


2001年8月28日基調講演「東京会合への期待」

橋本龍太郎元内閣総理大臣、日本側共同議長


 グローバル・エイジング・イニシアティブ委員の皆様、海外からご参加をいただきました多くの皆様、そしてご列席の皆様、おはようございます。ご紹介いただきました共同議長の橋本です。
 国連が定めた国際高齢者年だった1999年という記念すべき年に、CSISが先進国を中心とした高齢化を考える研究プロジェクトを始められました。それから2年、今回日米欧3極最後の東京で、こうしてたくさんの皆様をお迎えしながら、締めくくり会合の議長を務めさせていただくことは大変光栄でありますし、特に日本における社会保障、福祉政策をライフワークとしてきた私にとりまして感慨深いものがあります。
 私は、第1回のワシントンの会合では「日本の高齢化への挑戦」、そして第2回のチューリッヒでは「日本はいかに退職ブームに備えるか」というテーマで、それぞれ意見を述べさせていただきました。今回は会合全体の議長役ですから、議論のまとめ役に徹して、むしろ専門分野のお話はこれから登場される委員を始めとするご参加の皆様に大いに議論をしていただきたいと願っております。ただ、そう言いながらこの会合の直前まで、控え室では大変面白い議論をすでに始めておりました。
 ところで、高齢化は今後21世紀における重要な課題として、先進国だけが抱えるのではなく、開発途上国にも大きく影響していきます。中国や韓国、シンガポールなどアジアの国々でもすでに高齢化率が高まるとともに、出生率が低下する傾向にあります。今回、この東京会合を開催するにあたりまして、こうした開発途上国のご意見もぜひ伺いながら議論に反映させたい。そんな願いから、タイのスダラット・ゲユラパン保健大臣、シンガポールのアブドゥラ・タルムギ社会開発・スポーツ大臣、中国の蔡ム社会科学院人口研究所所長をゲスト・スピーカーにお招きさせていただきました。
 今、日本の経済は大変厳しい状況にあります。個人消費を中心に内需は低迷しており、企業業績の悪化などから株価も低水準にあります。こうした経済状態の中で今後2〜3年をいわば日本経済の集中調整期間と位置づけ、不良債権の処理を進め、そして経済社会活性化のための規制改革、さらには財政改革などの構造改革すべてに我々は邁進しなければなりません。
 しかし、こうした改革に取り組まなければならない一番根本にある問題は、わずか20年足らず前に我々が想像していたとは全く違う高齢化と少子化の進展です。特に少子化の進展から日本の家族構造、人口構造が否応なしに変化しなければならない中で、我々はその変化する人口構造や家族構造に合った仕組みをそれぞれの分野で模索しなければならないということに尽きると思います。
 こうした中で、国民が将来に向かって自信を持てるようにすることが大きな政治課題であり、構造改革の結果生じるであろう雇用不安を払拭するために、当面のセーフティーネットを構築するとともに、持続可能な社会保障の姿を国民の前に示すことが重要です。
 ここで高齢化問題に関連する最近の動きを少しご紹介したいと思います。1つは年金改革で進展が見られたことです。私が導入推進議員連盟の会長として導入に努力してきた確定拠出年金法案が、今年6月に国会で成立しました。この秋、確定拠出年金、いわゆる日本型401k年金が誕生します。確定拠出型年金というものは決して万能ではありません。しかし、これまで確定給付型のみで行ってきた我が国の年金制度に、これを補完するものとして初めて確定拠出型年金が導入されることは、大変意義のあることだと思っています。
 2番目は医療改革です。日本の医療費は1999年度で約31兆円(約2,580億米ドル)で、うち70歳以上の老人医療費は約12兆円(約990億米ドル)と約3分の1を占めています。欧米でも医療費の総枠抑制を導入されるなど、医療費の抑制が重要なテーマとなっていますが、日本でも財政の制約や医療の効率化の観点から医療制度の見直しが求められています。介護保険制度との関連というものも、私たちは視野に入れなければなりません。いずれにしても、現在、来年の通常国会に制度改正関連法案を提出することを念頭に論議が進められている最中です。
 健康は最大の国民的ニーズでもあります。この点に関連して、我が国の数字でありますが、最近の医療水準向上の結果、介護を必要とする高齢者の発生率は70〜74歳で6.5%、75〜79歳で約13%、すなわち80歳未満の高齢者のうちで約9割は自立した生活を送ることができるという状況にあります。我が国では昨年の4月から介護保険がスタートしていますが、本当は高齢者を介護が必要な状態としないための健康づくりの取り組みが何よりも重要なことだと私は思っております。
 その一環として、例えば病気予防の観点から健康な状態で高齢期を過ごせるように、疾病関連の先端的研究を行う「メディカル・フロンティア戦略」も実行に移されています。健康で元気な高齢者の活動的で充実した生活を支えうる役割を担うものとして、こうした高齢者に対する商品やサービスの提供を行う産業、いわゆる「高齢社会産業」の重要性と成長の可能性が認識されるべきだと思います。
 第3は高齢者雇用の進展です。すでに60歳を下回る定年を定めることができない状況に法律上あるわけですが、さらに最近の法改正によって、事業主は募集や採用のとき、一定の場合に年齢にかかわりなく均等な機会を与えるよう努めることになりました。高齢者のうち、希望者全員がその意欲および能力に応じて65歳まで働くことができるようになること、これを確保することが今後10年の目標となります。
 ただ、そう言いながら、私は内心大変複雑です。この目標でありますと、今、私は64歳ですから、働ける期間はあと1年しかない。これでは困るので、その後も健康であるならなお働き続けられるような状況を作りたい。私は本当にそう思います。そうでないとまだ娘は大学の学生ですから、その授業料を払うだけでも親は痩せてしまう、そんな思いもないわけではありません。
 そして第4は女性の労働力率の改善です。厚生労働省の調査によりますと、30〜34歳の女性の労働力率は1990年には52%でした。これが2000年には57%と5ポイント改善しました。ちょうどこの年齢は結婚して子育ての最中、いわゆるM字カーブのボトムの世代です。日本は今後人口が減少し、労働力人口が増加しないばかりか高齢化していきます。そこで女性や高齢者の、今まで以上に積極的な労働市場への参加が期待されるところです。その場合、女性が安心して働けるような子育ての支援が必要になります。
 さらに女性が一生の間に生む子どもの数、合計特殊出生率は、2000年に1.35と前年の1.34をわずかに上回りました。これはミレニアム・ベビーを望んだ方が多かったのかもしれません。
 いずれにしましても、日本を始めとする先進国では高齢化が進み、ベビーブーム世代が引退する2010年ごろまでには、それぞれの問題を解決していく努力を続けなければなりません。
 CSISが始められた高齢化世界会議は、今回でひとまず区切りを迎えますが、高齢化というともすれば国内問題として処理されがちな問題を国際的に共通の課題として取り上げ、その対処方策を模索するこのプロジェクトを始められたCSISの慧眼に、この場を借りて改めて敬意を表したいと思います。そして日本の事務局として協力を惜しまず、今日まで努力をしてくれたジェトロの皆さんにもお礼を申し上げたいと思います。
 そして、今回残念ながら欠席となりましたが、私の尊敬する友人であるモンデールさん、ペールさんとご一緒に共同議長を大変楽しく務めさせていただいたことにも、心から感謝を申し上げます。
 高齢化をテーマにして、このように多くの日米欧の有識者が参加される会議は数多くはありません。ご出席の皆様がこの2日間、活発な議論の中で有意義な成果を見い出されることを心から期待し、ご挨拶といたします。どうも有難うございました。