国際金融セミナー「世界経済の展望」〜IMFカムドシュ専務理事を迎えて〜

1999年5月18日


大場智満 国際金融情報センター理事長とミシェル・カムドシュIMF専務理事と共に

挨 拶

 今日は、座ったままで良いというお許しを頂いておりますので、皆様のご了解を頂いてこの場からご挨拶を申し上げます。まず何より先にカムドシュIMF専務理事(Managing Director:以下MD)のご来日を歓迎したいと思います。申し上げるまでもなく1987年1月以降、IMFの専務理事として激動する世界経済の舵取り役として重要な役割を果たしてこられました。そして私がお近付きを頂いたのは、大蔵大臣になった時からです。
 その頃日本は、IMFにおいて出資比率が第五位でありました。そして、MDの非常な協力を得て日本は出資率第二位という国になりました。日本は、こうした国際的な地位に見合った責任・役割を、世界経済の中で果たしていかなければなりません。そうした中で、私は率直に申し上げて、最近IMFと我が国の政策当局との間で相互理解に若干食い違いが出ているような気がして仕方がありません。
 例えば、アジア諸国に対するIMFのプログラムに対して、日本の当局が公然とこれを批判するようなこともありました。しかし、アジア諸国の救済という事を考える時、IMFの手も日本の手も当然のことながらこれ不可欠な事でして、この両者が手を握らなければ真に効果のある措置、支援というものは不可能だと私は思っております。また、IMFによると今年の日本の経済成長率は、マイナス1.4%です。これは、日本当局の見通しと大きく離れております。両者の見通しが食い違うこと自体は、当然でありますが、こんなに開くということは、これは、何か相互理解に問題がないのか?と思います。
 そうした意味でも、今日ここで活発な議論が展開されいく中で、相互理解が進むことを、私は、心から願っております。そうして今、大場さん(国際金融情報センター理事長)からお話がありましたように、本日出席を大変楽しみにしておられた竹下元総理が、背中の痛みのために出席できないということは、非常に残念だということ、同時にカムドシュ専務理事に対しても、くれぐれも宜しく伝えて欲しいと言う伝言を受けて私は、この席に参りました。そして、控室でもお話をしかかっておりましたけど、MDは、今大変なご苦労をしておられます。
 我々の共通の友人であるロシア一つを考えてみても、今せっかくご努力頂いた45億ドル、この政変の中でいわば宙に吊るされたままの状態になったのではないでしょうか?ロシア経済にとってこれが大切なお金である事は、誰も疑う人はいないと思いますし、その意味では、早くこれが落ち着きを取り戻し、このIMFの支援が現実のものとなり、それが呼び水となってロシア経済が健全なものになっていく、そうした方向をとってくれることを、心から願わずにはいられません。
 たまたま、先日私は、エリツィンさんからのご招待を受けて急にモスクワに飛ぶことになりました。病気が悪いと言う話を聞いた時期にお見舞いを申し上げていたものが、突然のように「元気になったよ。久し振りに会いに来ないか?」というお誘いで、しかも「家族ぐるみでどうだい?」ということから、妻と一緒にモスクワに行ったわけです。その時のエリツィンさんは大変元気でして、いわばOBの立場になっている私に、生臭い話はあまりしませんでしたが、IMFの支援、世界銀行の支援というものを非常に強く求められているという心境は、痛いほど私にも感じ取れました。
 同時に、別にスターリンの時代ばかりでなく、それ以前のツアーの時代までさかのぼっても、税金を払ったことのない国で税金を取るということの難しさ、こうした点に対しては、もっと国際社会が協力をする必要があるのではないか、今も私は、そんなことを感じております。おそらくMDお立場からすれば、一番気になるのは、これからの議会における税法の審議、そして、税法が何時成立するかということだと思います。しかし、その税法が成立しても、本当のその税金を徴収する能力を持っているかと言えば、おそらくMDもその点の保証はお持ちではないと思います。
 G8の中で、日本はロシアに対する人材育成の協力で一番進んでいる国です。モスクワの日本センターにおいてすでに2240人達の教育が終りました。日本国内に招いての人材教育もすでに、700人近くになっています。しかし、問題はその中に占める公務員の数です。実は、ちょうど4月21日、エリツィンさんにお目にかかる直前の数字ですが、我が国で研修を行った人数は29人でした。因みに、去年9月に私がモスクワを訪問した時、その数は9人でしたから、1年足らずの間に20人の研修が進んだと言えるかもしれません。
 そして、その日本がG8の中で一番人材育成に協力している国。他の国の養成数はこれを下回るわけですから、私は、MDが税法の成立を期待しておられる以上に、私は、その税法が通過成立した後、税の徴収が本当にできるメカニズム、必要な人材をロシアが何時確保することができるか、これが実は同じような大問題なのだ、と思っております。
 今国際社会の中で大きく目が注がれているのは、コソボの紛争です。そして、ミロシュビッチと本当に話し合うことのできる数少ない国の一つがロシアであるということを考える時、そして、G8の中の包囲というものに拘束されるロシア、違った面、少なくとも税金というものは払うもので、また、徴収するものなのだということをロシアの一般大衆にまで分らせること、これは大変な作業ですけれどもお互いが苦労をしなければいけないことだと思います。同時に、国内についても我々は、色々なことを今考えなければいけません。


 昨年の7月に総理の座を去りましてから、私は自分自身他を批判するような政治的見解というものは、一年間は話さない。そういう自分なりの掟を定めてきました。
 その上で、今日この機会に皆様に一つ考えて頂きたいことがあります。それは、いったい日本の技術力、技術開発の能力というものはいったいどんなものなのだろう?そして、将来に我々は、明るい陽射しを感じ取ることができるのか?それとも、より厳しい状況をより覚悟しなければならないのか?ということです。
 実は、これはまだ正式に公開をする前でありますが、今日本の特許庁がそれぞれの分野における特許の出願件数、あるいは特許、この分析を行っております。その中で、今日邦銀と米国の銀行の技術格差というものを、5月12日現在で整理をしてもらった資料を皆様にお話ししてみたいと思います。
 このレポートのポイントは、邦銀と米国の主要銀行を三つのポイントで対比しておりまして、一つは、不良債権の処理についてです。米銀の場合、80年代の後半から90年代の初頭にかけての不況期、いわゆる証券化、セキュリタイゼイションの技術を発展させて早期の不良債権処理につなげた。この点はよく言われていることで、我々も当然こうした道を考えなかった訳ではありません。
 また、金融工学理論を駆使して市場ニーズにマッチした多様な金融派生商品、デリバティブを開発して、そのデリバティブ売買収益というものを多きな収入源の一つにしていくという点でも、日本の邦銀とは相当な開きがあります。同時にこれに対応して、リスクを管理する、リスクを把握する技術というものも発達しております。
 これが、デリバティブ取引きなどにおけるリスク管理を果たしております。同時にもう一つの特色として米銀が上げられましたのは、貸出先のリスクに応じて利鞘を確保する市場原理が徹底している、これによって高収益を確保している。しかし、邦銀は極めてその薄い利鞘での薄利多売を余儀なくされている。こうしたものを支えるものとしてアメリカにおいては、資産と負債の総合管理システム技術、これが経営方針の決定に非常に即断性を与えている、こんな記録が出て参りました。
 そして、これを幾つかの所で少し細かく調べてもらいました。そして、愕然としましたのは、この主要な技術を金融ビジネスに適応した特許の出願例というものを調べた時であります。
 例えば、セキュリタイゼーション、金融商品に関する特許出願、我が国では出願自体が対象案件がゼロであります。しかし、アメリカの特許の中には、新型のオープンエンド投資信託、あるいは、不動産などの証券化、あるいは、特殊なネクストエッグ型など、従来のローンの倍のペースで返済するプランを立てながらその差益を年金保険の運用、証券などの投資に回すといったものや、あるいは、借入担保の不動産の市場価値が下落した時に対応するための特許。非常に面白いと思いましたのは、投資家が学生のそのプロフィール、就職すべき業界の将来性などを見て学生のポートフォリオをつくって投資する、いわばその奨学金に代わる投資プログラムというものがつくられる、これも特許として成立しております。
 この分野においていろいろと日本の特許を調べる限り対象案件はありませんでした。あるいは、アメリカにおいてはデリバティブに関する特許に致しましても、その自国の辺陬の概念を生かした幾つかのプログラム、いろいろなものがすでに出ております。まったくこういうものに関して日本に相当するものはないのかと思って調べて参りましたら、金融取引き技術に関する特許出願の中には複数のものが特許の申請が行なわれておりました。
 しかし、審査請求はまだ出ておりませんし、単発の取引きレベルに対する特許申請であります。しかし、そのアメリカの方で同じようなものを見ますと、複数の候補取引きに基づいて起こりうる計算、影響をきちんと尺度計算ができるような演算がすでに特許として成立しております。そして、同じように資産管理技術に関しましも、我が国では出願されているものは一件ありますが、特許はまだ下りておりません。アメリカの特許を見ていきますと、例えば銀行用の投資意思決定システムとして、あらかじめ定められているリスクリミットを越えた取引を検知した場合、警告したりあるいは拒否したりすることができる、こうしたシステムが既に特許になっております。
 そのキャッシュフローを予測してリスクとリターンをシュミレーションして、資産配分を行うシステム、すでにこれも幾つかのものが出ております。これを簡単に申し上げてしまえば、セキュリタイゼーションについては、日本は特許出願自身がゼロである、アメリカでは、既に特許として成立しているものが幾つもある。デリバティブについて特許出願されている件数が我が国ではゼロである、アメリカでは既に幾つかのものが特許になっている。
 金融取引におきましても我が国で出されておりますもの、しかも、これはまだ審査請求以前のものでありますけれども、これは一つの取引レベルに対するものだけであります。アメリカでは既に下りている特許そのものが複合取引レベルのものになっております。資産管理に関しましてもオーソドックスな金利管理にとどまっている日本のものに対し、アメリカではキャッシュフローに基づく投資管理の特許が既に成立いたしております。
 仮にもし、こういう状況を知っていたとして私は、これを見た時、私は金融システム改革を言い出す勇気があっただろうか?とそれ以来、自問自答してきました。同時に、私が金融システム改革を言い出した時に、はたして我が国の金融機関のトップの方々、こういう特許の状況であることをどの程度ご承知だったのだろうと、改めて感じました。
 日々の業務の中でこうした無形の技術の開発、投資というものに我が国は十分目を向けていたのだろうか?今、特許庁の諸君が他の特許も含めてこうした分析を行なってくれておりますが、私は今、この中間のレポートを受けて以来、はたしてタイミングは?自問自答し続けておりますが未だに答えはでません。
 あるいは、金融システム改革に踏み切ったのが既に遅かったのか?しかし、日本の技術力としてこれを克服できないとは思えない。なぜなんだろう?そして、私なりに感じましたことは、前の不況の時期、アメリカでは理工系の卒業者がずいぶん金融機関の中に仕事を求めて行った。そして、いわばゲーム感覚の中で新しい様々の知的所有権を確立していったのではないかと、そして、その内の幾つかが採用され、彼らの業を助けてきたのではないだろうか。
 日本では、あまりにそうした遊びの部分がなさすぎたのでは。任天堂さんが頑張ってらっしゃるかもしれませんけれども、実務の分野においてゲーム感覚でシステムを開発、設計するといったゆとりを、お互いが持たなかったのでは、と今私は自分でこうしたことを十分察知し得なかったことを、自ら少し恥じています。
 同時に、これは、私が私自身を恥じるだけでなく、行政もそうですし、学問の世界もそうですし、当然ながら金融というビジネスの最前線にあってこれらを引っ張ってこられた方々にもその恥という気持ちは共有して頂かなければなりません。我々は今のこの状況から立ち直らなければなりません。しかし、立ち直って気がついた時、新たに開拓する分野に海外の特許網が張り巡らされていたら我々ができることは、自ずから限界が生じてきます。
 そして、国際的標準というものが作られてしまってからでは、我々はその枠の中でしか競争ができません。その国際設定に立ち向かえるだけの知的所有権を保持することの重要性を、私はこの機会に改めて皆様に申し上げ、そうした条件を整えられるように政治の中での役割を果たしていきたい、とその様に考えております。