GIIC年次総会での挨拶

1998年10月12日

 
GIICとは
・Global Information Infrastructure Commissionの略

・『橋本龍太郎が通産大臣として出席した1995年のブラッセルG7情報通信関係会議の時、発足』

・1995年7月に設立

・民間セクターのリーダーシップと官民の協力を促進し、情報ネットワークとサービスの充実を図ることにより、世界的規模で経済発展、教育、医療等の充実を実現することを目的とする

・EDS,シーメンス、富士通、TI,オリベッティ、キア等多くの会社の幹部がメンバー


 先ず、GIIC発足以来第4回目、そして、新生GIICになりましてから初めての年次総会が開催されますことを、心からお祝い申し上げます。

 さて、私は、このGIICとは浅からぬ因縁を持っております。GIICが事実上の第1回会合を持たれましたのは、1995年のG7情報通信閣僚会議、いわゆる情報通信サミットの時ですか、実は、私は、この情報通信サミットに通商産業大臣として参加しておりました。そして、この情報通信サミットは、良い意味でも悪い意味でも、私に忘れがたい記憶を残してくれました。

 最初に悪い思い出の方を告白しましょう。情報通信サミットが開催されたのは、2月でした。日本の国会では、2月は定例の予算や法案審議の真っ最中です。通常、こうした時期に予算や法案を提出し、その成立に責任を負っている閣僚が日本を留守にするのは殆ど不可能です。しかし、「情報通信」という21世紀を支える重要な分野であるから是非出席すべきであるという強いお招きと国内の声に後押しされて、私は、当時の大出郵政大臣とともに、なんとか会議に出席することができました。

 しかし、その結果、私に許されたスケジュールは、土曜日の午後に日本を出発し、ブラッセルのメルスブルグ軍用空港の夜到着する。そのままワーキング・ディナーに出席し、次の日曜日の朝は、二つのセッションの立て続けに出席した後、空港に向かい、直ちに離陸する。日本には、月曜日の朝に着いて、国会に直行するという二度と繰り返したくないスケジュールだったのです。

 このように、どう考えても快適といえない情報通信サミットへの出席だったのですが、にも拘らず、私は強い印象と深い感銘を覚えました。それは、今、考えれは「情茶n信」という新しく、成長盛りの産業が醸し出す、一種の「熱気」のようなものを感じていたせいかもしれません。

 私の直感は当たっていました。現実のデータを見ますと、GIICが発足した95年以降のわずか3年の間に、日本の総投資に占める情報関係の投資の割合は、15%強から25%弱へと急上昇しています。米国では総投資の半分近くが情報通信関係によって占められているという推計もあります。また、当時、世界で500万台程度であったインターネットに接続されたホストコンピュータの数は、今や約3000万台へと増加しています。また、当時日本で、500程度しかなかったインターネット上の小売り店舗(サイバーモール)の数は、今年のはじめで、約8000とわずか3年で16倍にも増加しています。今や、情報通信産業が21世紀の世界経済の最も有力な牽引車であることを疑う人はいない筈です。

 95年の情報通信サミットの際の議論を振り返ってみますと、私たちの共通の理解は、「民間の創意と工夫が最大限に発揮されるような環境の下で、自由な競争を通じてこそ高度情報通信社会は実現される。」というものでした。
 情報通信産業ほど技術革新の速度が速く、新しい商品やサービスが次々と生み出されている分野はありません。また、情報通信分野ほど、物理的な時間や地理的な距離、国境などが持つ意味が希薄である分野もありません。このため、政府や国際機関が無理にルールで縛ろうとしても、それが、すぐに時代遅れになったり、海外から新しいルールや技術が導入されて無意味なものになってしまうことがしばしばおこります。
 現に、今のインターネットの世界で事実上の国際ルールとなっている様々な約束事は、ほとんどが研究者や民間企業の方が開発された技術やプロトコル、言語などが「鮪タ上」世界中で使われるようになったものであって、どこの国の政府が決めたもので
もありません。

 その意味で、この分野の発展のためには、従来以上に民間部門が主体的な役割を果たすことが期待されておりますし、様々な政策を決定していくうえでも、民間の意見や助言が非常に重要な意味を持つと思います。一例をお話しましょう。私は、その後、1996年に総理大臣に選出され、同時に(1994年から)内閣に設置されていた高度情報通信社会推進本部の本部長に就任いました。この高度情報通信社会推進本部に民間の代表者からなる「有職者会議」が設置されていますが、実は、政府が1997年の予算を編成した際に、この有職者会議が大きな役割を担ったのです。言うまでもなく、世界中どこの国でも、政府が提出する予算案は、財務担当の政府機関が取りまとめて行うのですが、この1997年度の予算編成に関しては、情報通信関係の予算のうち約3000億円について、この有職者会議の指導と助言を仰ぎながら内閣で直接取りまとめを行ったのです。お蔭様で、この年の情報通信予算は、非常に有効であったという評価を頂き、先ほど申し上げたように、日本の情報通信関係投資が大きく伸びた一助のなったのではないかと考えております。いずれにしましても、このような事が出来ましたのも、「情報通信分野においては、民間の意見が大事である。」という認識が政府の中にも存在したからこそ出来たことであり、他の国の皆様にも多少の御参考になるのではないかと考えております。
 情報通信分野が経済にしめる割合が大きくなればなるほど、また、情報通信分野での国際交流が進めば進むほど、今日、ここにお集まりの皆様にかかる期待と責任もますます大きくなってくると考えます。
 その意味で、GIICが1995年以来継続的に活動を続けられ、OECDやWTOなどと密接に連携しながら非常に大きな貢献をされてきたことは、私どものアプローチが正しかったことの証明であり、私としても皆様の御努力に深く敬意を表したいと思います。
もちろん、政府も、こうした民間部門が活動しやすい「環境」を作り、また、問題が発生した場合には、それを解決していくという面で、大きな責任を担っております。したがって、このGIICのような場での活動や検討の成果を、是非、各国の政府に積極的に教えていただくようお願いしておきたいと思います。

 ここで私は、もう一つ強調しておきたい点があります。それは、情報通信のよって新たな世界の可能性が拓かれていくということです。情報通信技術の活用あってこそ可能になった新しい企業やビジネスが次々と登場していることは申すまでもありません。しかし、そういったビジネスの世界だけでなく、情報通信技術を活用することによって、現実の社会における様々な課題への取り組み可能になってきます。

 例えば日本政府では、身体の障害のある人やお年寄りが積極的に社会活動に参画できるよう情報通信の技術を活用していこうという政策を積極的に推進しています。お年寄りや障害のある方にとっては、町のあちこちにあるちょっとした道路の段差や駅の階段などが大きな障害となりますので、携帯端末を利用することによって、そうした障害を予め知らせたり、障害のない道筋を伝えるといった街づくりを進めていこうという試みがあります。また、世界的なソフトウェア企業と協力しながら、身障者の方々がソフトウェアの開発や補修によって経済的に自立できるよう援助している、NPOを支援しようといった試みもあります。他にも、企業の第一線を退いた方々が、自分の知識や技術を社会に役立てながら、共同でホームぺージを開き地域活動に参画していくのを、支援したりもしています。

 教育の面でも、情報技術を積極的に活用していこうという試みが始められています。昨年、、我が国は、来年(1999年)の3月までには、すべての公立学校にコンピュータ教室を備え、また、2003年までには、これをインターネットを経由して、世界中の子供達が互いにコミュニケートし、自分の国の生活や歴史について語り合う。今まで、地理や歴史の教科書を通じてしか得ることのできなかった海外の知識が、ネットワークにアクセスすることによって、いくらでも手に入る。そうした新しい時代が、すぐそこに迫っているのです。

 今回の年次総会においては、電子商取引やGII,情報教育、アジアの情報化といった課題がとりあげらると承っております。いずれも21世紀に向けた「デジタル産業革命」を実現していく上で、極めて重要な課題ばかりです。是非、これから21世紀に向けた「デジタル産業革命」を実現していく上で、極めて重要な課題ばかりです。
 是非、これからの2日間、充実した討議がおこなわれ、その成果が世界中で活用されていくことを期待したいと思います。
 また、皆様は、今日の情報化社会を築射てこられた貢献者ばかりですが、皆様が、世界の情報化推進のリーダーとして今後とも活躍され、21世紀を担う新しい情報化人材の先達となられることを祈念致しまして、私のご挨拶とさせていただきます。