眠っているカメラ
1999年

6月21日

 カメラを初めて自分で使ったのは、高校2年の夏、一人で北海道を旅した時です。その当時は普通に持てる物ではありませんでした。父が愛用していたカメラを貸してもらい、フィルムも貴重品、1枚1枚慎重にシャッターを切ったものです。昭和29年、当時はそんな時代でした。

 スーパー・セミ・イコンタと言うカメラでしたが、父が高校生の頃、祖父が買ってくれたと言う骨董品、しかし充分使えたと言う事は、当時のドイツの工業力を示している、そんな事を考えた事を今も覚えています。

 大学卒業の時、父が「何か卒業祝いをやろう」と言った時、私は迷わず「あのカメラ」と叫びました。父は酷く悲しい顔をしましたが、すでにキャノンを普段使っている事を知っていた私は祖父の形見とも言うべきスーパー・セミ・イコンタに固執し、とうとうこれをせしめました。拘ったのは、このカメラが蛇腹式で、山歩きの時、ポケットに入るのが魅力だった事もあります。結局このカメラには新婚旅行の頃まで世話になりました。

 今、旅行の折、私の荷物の中で、一番重量がかさむのはカメラとフィルム、それに電池のスペアです。現代のカメラは私よりよほど頭が良く、何とか写したい物をフィルムにキチンと焼きつけてくれます。でも、時間に余裕が有るならば、自分でピントを合わせ、シャッターを切る、巻き忘れるとお化けのような写真が出来てしまう、昔ながらの機械仕掛けのカメラのほうが、私の手には馴染んでいます。

 そして祖父の、父の形見になってしまったスーパー・セミ・イコンタはカメラ箪笥の奥でひっそりと、今も使ってもらえる日を待ちながら眠っていますが、今では機械仕掛けのカメラのオーバーホールをしてくれる職人さんも居なくなりました。3代働いてくれたカメラも涙をこぼしている様に思えてなりません。