発達障害者支援法

 

平成16年5月、発達障害の支援を規定する法律の立法へ向けて超党派の議員連盟が発足しました。同年12月には発達障害者支援法が可決成立し、4月に施行。しかし、これで支援体制が完璧に整ったわけではもちろんなく、いまだ残る問題点を3年後の見直し時にきちんと反映させなければなりません。

先日、橋本のメールボックスに一通のメールが届きました。
自分の息子が発達障害と診断されたというお母さんからのものでした。
担当医からは特別な加配等の配慮が必要と言われているにもかかわらず、保育所や市役所は何度掛け合っても「法律には具体性、緊急性もないので今のところ何もできない」
との一点張り。どうすればよいのか分からないというメッセージ。

これをうけて早急に橋本が議員連盟総会を開催するように呼びかけました。
こういった事例の把握をし、厚生労働省から現状報告を受けるとともに対応策を考えるように働きかけるという目的です。厚労省からは以下のような報告がありました。
@施行後、すぐの対応というのは難しい。A地元の支援グループや政治家と一緒に行動を起こす必要がある。B支援センターを更に充実させる必要があるとのこと。
確かに法律ができてすぐに共通認識をというのはなかなか難しいところもあるかもしれません。しかし実際に動き出している中でまったく対応しない、あるいはできないというのは問題です。
このメールをくれた方々の抱えていらっしゃる問題を真摯に受け止め、
今後の取り組みに生かしていこうと考えています。この障害がきちんとした形で認知されるよう国民の皆様と一緒に頑張っていきたいと思います。

先日、議員連盟でまとめた「発達障害者支援法と今後の取り組み」が出版されました。
法案成立までの過程や今後の取り組みについての我々の思いが詰まった一冊です。
ぜひご一読下さい。


2004年12月3日、第161回臨時国会において提出されていた発達障害者支援法が参議院本会議にて可決成立をしました。その日、私のホームページの意見箱には多数のメールが届きました。法案成立に向けた尽力に対するねぎらいといった温かいメールから、今後起こりうるであろう問題に関するもの、そして何故特定の障害に対する法律にしたのかといった厳しいご指摘等、内容は様々でした。2004年5月、この喫緊な課題に対して自由民主党野田聖子衆議院議員・公明党福島豊衆議院議員・民主党古川元久衆議院議員・共産党山口富男衆議院議員・社会民主党阿部知子衆議院議員始め多くの超党派の若手国会議員が議員立法として成立させるべく、議員連盟を立ち上げました。その際、私もお声がけをうけ、喜んでこの法案作りのメンバーに加えさせて頂いた経緯がございました。

私の父親橋本龍伍は、小学4年生の時に結核性の腰椎カリエスにかかり生涯左足が不自由でした。今のように社会保障制度も整っておらず医学も発達していない時代を生き続けた父親はよく「はじめは不具である事を何とか忘れようと努めたが、それが駄目だった。そこでむしろ自分の不具を正面から認識する事によって、不具であるという現実を意識の平面上にならしてしまおうと考えた。忘れたわけではない、しかし取り立てて思い出す事もない、という状態になろうとして、どうにか今はそれに成功をした。」と、口癖のように申しておりました。
父親はハンディキャップを正面から見据えようという強さを何時も持ち続けながら生活をしておりました。そんな父親の突然の死後、あとを継ぐ形で私は政治家となり昭和38年の初当選以来、ごく自然な形で障害者分野を含む厚生省関係の仕事を自分のライフワークとして今日まで続けてまいりました。社会労働委員会に席をおき、厚生政務次官そして親子二代の厚生大臣、その過程でも時代時代で様々な問題を乗り越えてきました。厚生大臣当時は新たな障害福祉都市の実施を推進し、身体障害者の為の総合リハビリテーションセンターを開設、またそれに伴い専門技術者の育成等も施策の中に取り入れたことがございました。

昭和45年には、これも議員立法でしたが心身障害者対策基本法をまとめ、今この法律はその後の社会情勢の変化の中で、新たに障害者対策基本法へと衣替えをしております。しかし当時の福祉行政における施設中心主義は我々の盲点でもありました。ハンディキャップのある人は施設に収容し、そこで手厚く保護することが一番良い方策であると考えられていたからです。かくあるべしとして実施したその施策は、施設の中に実際入っている障害者の人々の幸せに繋がってはいなかったのです。私は少なくとも施設が障害のある人々を社会から隔てるようなものであってはならないと今も考えております。発達障害者も含めこれらの障害者は、一般への理解が少なく地域支援も少ないのが現状です。

平成14年に身体障害者補助犬法を成立させた時も、様々な問題がその後起こりました。しかしこれらの法律は、まずはじめに形を作らなければ社会に対しても認知されません。浮上した問題の一つに、海外から来日する身体障害者補助犬使用者に適応させる想定が身体障害者補助犬法にはございませんでした。また、この問題に付随して新たに検疫制度の問題も生じました。農水大臣指定の狂犬病抗体価の検査機関が日本に無い為、莫大な日数と検査費用を個人負担せざるをえない現状等、今後補助犬法改正ならび、それに係わる諸法案の見直しを検討しなければなりません。

議員立法で作られたこの種の法律だけに限らず、法案には必ずといってよいほど附則事項に数年後の見直し(法律改正)と記載されております。これは法律施行後記載された期間中にどの様な問題が起こったかを検証し、そして必要に応じて附則事項記載年数を過ぎた後に見直しをするものです。発達障害者支援法も発達障害の症状を適切に診断できる医師や専門家の不足、地域での支援体制の不十分さ、支援センターの全国的設置の必要性や関係機関の連携等、今後の課題は山積しております。我々国会議員は法律を作る事で終わるのではありません。むしろ、これからが始まりなのです。今後、法律的にも様々な問題が生じてくるかも知れません。その為にも我々「発達障害の支援を考える議員連盟」は継続してこの法律を見守る事としております。皆様からのご意見を取り入れ今後も出来る限りの支援を続けていく次第であります。「政治は弱者のために」この言葉を胸に我々はこれからも皆様のご期待に添うべく、鋭意邁進する覚悟でおります。

今まで政治家として色々な仕事を与えていただき、数多くの経験をつませていただきました。これまで考えてきた事、そして今後の課題の一部がこの本書に盛り込まれております。

ご一読いただいた皆様から、ご意見を賜れば大変うれしく思います。
これからの為に、そんな願いを込めてこの本をまとめました。

発達障害の支援を考える議員連盟会長 橋本龍太郎